想-white&black-N-8
楓さんとアキトさん、そして周りの私達の間に何とも言えない沈黙が流れる。
「楓もその場にいたんだって? 彼女が大勢の前で婚約発表された時」
アキトさんのどこか楽しそうな言葉に私はハッとした。
彼が言ってるのはきっとあの日の事なんだと。
それと当時にあの日の麻斗さんの顔がフラッシュバックしてきた。
そしてアキトさんの顔を見つめていた時、なぜか二人の顔が頭の中で重なった。
顔立ちが似ているわけじゃない。
だがアキトさんの姿に麻斗さんが見えたのだ。
もしかして……、でも、まさか……。
「どういうつもりです?」
疑惑と確信が折り混ざっている中、楓さんの不機嫌そうな声が静かに響く。
「いや、アレがそこまでして手に入れたいという姫に僕も興味があって。今まで来るもの拒まずって感じだったのに、彼女と出会って何が変わったのか……、とかね」
そう言ってアキトさんはどこか悪戯っぽく笑いながら私に視線を移す。
麻斗さんによく似た瞳で。
「あ、麻斗……さん?」
私の口からは無意識にその名前が滑り落ちていた。
優しく笑うその瞳。
だけどどこか寂しげだった。
「あまり似てるとは言われないんだけどな、僕と弟」
驚いたような表情を浮かべながら、なぜか嬉しそうな弾んだ声。
そうだ、どうして気付かなかったんだろう。
この人の声、麻斗さんによく似ているじゃないか。
目の前に立つ彼への私の憶測が確信へと変わっていった。
言葉を失った私に諦めたような溜め息をつきながら楓さんが彼を紹介してくれた。
「ここにいる男は結城彰斗。結城の次期当主で麻斗の兄貴だ」
「麻斗さんのお兄さん……」
正体が判明した彰斗さんがすっと右手を差し出してきた。
「そういうこと。弟が……麻斗がいつも世話になっているね、花音ちゃん」
私もそれに戸惑いながら右手で返す。
「あの、今日麻斗さん学校に来てなかったみたいなんですがご存知ありませんか」
思わず今日一日気になっていたことを聞いていた。
麻斗さんは今日学校に来ていなかった。
昨日のあの雨の中帰っていく背中が妙にひっかかっていたけど、麻斗さんのクラスまで訪ねていく勇気がなかったのだ。
「ああ、麻斗ね。あいつ風邪をひいたらしくてさ。熱が結構高くて」
「風邪? それって昨日の雨のせいじゃ……」
「そうみたいだね。何かずぶ濡れで帰ってきたらしいんだ。全く何してたんだか」
そう言った彰斗さんの表情は弟に呆れた兄の顔だった。
麻斗さんが風邪をひいたのは私にネックレスを返しに来てくれたせいだったのだ。
申し訳なさに胸がズキリと痛む。
「あ、あのっ、私お見舞いに……っ、
あっ」
「そこまでにしてもらえますか、彰斗さん。あまりこいつに関わらないでもらいたい。そうじゃなくても花音は時々主の言うことを聞かなくて困っているんでね」
言葉の途中で楓さんが私の腕を掴み自分に引き寄せた。
突然のことにバランスを崩して転びかけたところに楓さんの胸に倒れ込んでしまい、抱きつくような格好になってしまった。
楓さんの言葉に彰斗さんは怯むこともなく、笑みを浮かべたまま緩く首を横に振る。
「それは楓が決めることじゃない。彼女の気持ちも、弟の気持ちもそれは自由だ。もちろんそれは君自身にも言えることだよ。……難しいかもしれないけどね」
「俺の心配は無用ですよ。とにかく俺とこいつのことに関して口出ししないでもらえますか」
私の腕を掴む楓さんの指に力が入る。
痺れるような痛みが腕から広がっていく。
楓さんの言葉に何を思っているのか、読めない表情の彰斗さんはただじっとこちらを見つめたまま黙っていた。
「彰斗様。そろそろお時間でございます」
少しの沈黙を破ったのは彰斗さんの運転手さんだった。
「そうか、分かった。では今日はこれで失礼するよ」
そう言って彰斗さんは車に乗り込むと窓を開けて私に優しく微笑んだ。
「時間があったら麻斗の見舞いに行ってやってくれる? あいつも喜ぶよ」
「……それは」
楓さんが嫌がるようなことをわざとなのか特に気にしていないのか、返事に困ることを堂々と言うところなんかはやはり兄弟だ。
「また会おうね。花音ちゃん」
そう言って笑った時の彰斗さんの顔は、似ていないのに麻斗さんを思い出させる。
彰斗さん。
……麻斗さんのお兄さん。
あの瞳の強さ、声は麻斗さんとよく似ていた。
胸を締め付けられる、あの感覚さえも……。