想-white&black-N-4
頭が脈を打つたびにズキズキと痛む。
やっぱりさすがにあの雨の中を傘もささずにいたのはまずかったようだ。
でもそれもしょうがない。
花音をあれ以上雨に晒しておくわけにもいかなかった。
花音に忘れ物を届けに行った翌日、どうやら俺は風邪をひいたらしい。
そんな中ベッドに横になっていると人が訪ねてきた。
「具合はどうだ? 麻斗」
「……何だ、兄貴か」
その人物は俺の兄だった。
特別会いたいとも思ってなかった兄の登場に、感動もなくため息をつく。
「何だとは随分じゃないか。見舞いに来てやったというのに」
スーツ姿でいるということは仕事の途中なのだろう。
俺の五つ上の兄、彰斗(あきと)は結城財閥の長男、つまりは後継者になる男だ。
兄弟にも関わらず俺達の容姿はあまり似ていない。
どちらかと言うと俺は父に似て、彰斗は母に似た。
「忙しいんだろ。大したこともないし来なくてもいいのによ」
「可愛い弟を心配するのがおかしいか?」
「気色わりぃ事言ってんなよ」
「全く、兄の愛が分からんのかねえ」
冷ややかに言い放つ俺の言葉など欠片も気にすることなく、彰斗はただ笑みを浮かべている。
昔から俺より一枚も二枚も上手だった兄は今でも警戒心を抱かざるをえない存在だ。
あの楓ですら彰斗の事を苦手に思っていたくらいなのだから。
「それはそうとお前が風邪をひくなんて久々じゃないか?」
「……ああ。昨日雨に打たれたまんまにしてたのが悪かった」
「さては花音嬢に会いに行っていたな?」
「…………」
彰斗は勘が鋭い。
そして常に情報収集を欠かさない男だ。
「この前の誕生日の事は柚木から聞いてるぞ。婚約者がいると発表したそうじゃないか。お前にそんな事を言わせる女がいたとはなあ」
「よく言うよ。花音が楓のものだって知ってるくせに」
「お前だってそれを承知であんなことをしたんだろう?」
図星を言い当てられ思わず眉を潜める。
全てを知っている彰斗に対して返す言葉もない。
「花音の両親が事故で亡くなった時に楓が引き取ったんだよ。身の回りの全てをアイツが面倒見てる」
「それは楓様と彼女と身体の関係も含めて、か」
わざと俺を焚き付けるような言葉を選んでくる彰斗を無言で睨み付けた。
彰斗が楓様と呼ぶのは俺達の家同士の特殊な関係のためだ。
「ああ。花音が楓のものだってことくらい嫌ってほど分かってるさ。だけど俺は花音が欲しい」
「楓様が相手ではなかなか難しいだろうが……な。しかもそんなに執着するほどの女だ。まあ、でもやれるだけやってみるといい。お前も結城家の人間なんだから、欲しいモノは手に入れてみせろ」
「そんなの兄貴に言われなくても分かってるよ。花音が楓といたって幸せになんかなれるわけねえんだから」
「お前には力がある。好きなようにすといい。俺は立場上表立って協力してやれんが、可愛い弟のことは応援してるぞ」
彰斗はそう言って部屋を後にした。
ああ言ってはいたがその言葉が本心なのか分からないのは相変わらずだ。
誰にも心の内を見せない兄は優しげな顔でいつも飄々としていて、いつの間にか相手を絡めとっていく。
ある意味一番油断ならない人間の一人だ。
そんな兄でも弟の俺のことはそれなりに気にかけているらしいのは分かるんだが……。
「やっぱイヤな兄貴だ……」
下がらない熱のせいか意識が朦朧としてくる。
呼吸が浅くなり、目を開けているのも億劫だ。
そんな中脳裏に浮かぶのは花音のことばかりだった。
今何をしているのだろう。
今誰といるのだろう。
どんな表情をして、何を思っているのだろう。
会いたい。
声を聞きたい。
この指に触れて確かめたい。
あの唇をもう一度味わいたい。
いつかあの眼が俺だけをみつめてくれたらどんなに幸せなことか。
だがそれもそう遠くはないかもしれない。
きっと黙っていても事態は自ずと動くはずだ。
―――あの花音の母親の形見のネックレスがそう告げているのだから。