想-white&black-N-11
この家に仕えているという柚木さんを先頭に見慣れた麻斗さんの部屋までの廊下を三人で歩いていく。
その後ろ姿を見つめながら記憶を手繰り寄せてみるものの、以前ここで暮らしていた時には見かけなかった。
それでもどこかで会ったのか、見かけたのか思い出せないが初対面のような気がしないのだ。
「あの、どこかでお会いしたことありませんでしたか」
すっきりしないのが気持ち悪くて勇気を出して声をかけてみた。
「私とでございますか? そうですねぇ、どうでしたでしょう」
柚木さんはそう言いながら含んだような答えと笑みをその端正な横顔に浮かべている。
「そう言えば花音様は半月程ここに滞在されてたとか。その間私はちょうど旦那様に付いておりましたので、こちらにはあまりいませんでしたからね」
「そうだったんですか」
「ええ。普段はこちらにいることの方が多いのですけれど、タイミングが悪かったようですね」
柚木さんはそんな風に冗談を混ぜながら笑っていたものの、何だか釈然としない。
彼とはそんなに昔じゃなく、ごく最近どこかで見たような気がする。
「柚木は本来麻斗付きの人間だからな。会ってたとしてもおかしくはないだろう。……例えば奴の誕生日の時とか、な」
それまで黙って私達の後ろを歩いていた楓さんが口を開いた。
振り返ってみるとその顔は無表情に近いながら、どこか不機嫌そうだった。
「麻斗さんの誕生日……?」
楓さんの言葉に一瞬あの日のある光景が脳裏を過ぎる。
何だったのだろう?
今何か思い出したような気がしたのに。
麻斗さんの誕生日の夜。
思い出せそうで思い出せない歯がゆさがもやもやと渦巻いて眉をひそめた。
ふと目の前にあるすっとした背中が視界に入る。
「あっ」
はっと顔を上げて思わずその背中をまじまじと見つめてしまう。
見覚えのあるその背中と横顔。
そうだ。
あの夜麻斗さんと会う前、楓さんは誰かに声をかけられて私の側を離れた時があった。
その楓さんに声をかけた人物は、彼に間違いない―――。
「やっと思い出したか。まあお前の近くに来たのはその時ぐらいのものだから、覚えてなくても仕方ないことだけどな」
あの日もはっきりと姿を見たわけじゃないが、柚木さんは時々視界の端にいた。
それは柚木さんが麻斗さんに仕えているため、私が麻斗さんの近くにいた時はつかず離れずの距離にいたのだろう。
「私なんかを覚えて下っていて光栄でございます、花音様。さあ付きましたよ。麻斗様、失礼致します」
柚木さんは私に向かって静かに微笑むと、いつの間にか着いていた麻斗さんの部屋の扉をノックした。
返事があったのか、こちらには聞こえなかったものの扉を開けると恭しく頭を下げる。
「楓様、花音様。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
促されるまま中に足を踏み入れてふと後ろを振り向くと、なぜか楓さんは扉の前に立ったまま部屋の中へ入ってこようとしない。
「楓さん?」
「俺はここで待っている」
「え? でも……」
「いいか、俺はここで"待っている"」
楓さんの視線が私をまっすぐに捕らえる。
その視線の強さに思わずたじろぎそうになった。
必ず自らの意思で自分の元へ戻れという命令にも近い。
「……分かりました」
そう返事をすると楓さんは無言のまま扉を静かに閉めたのだった。