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この街は、溢れている。
人や、物や、音や、色に。
要塞の様な高速道路。
古き良き佇まいを残した裏路地。
清潔感のあるビルディング。
人情味ある飲み屋街。
後光が差すかのような初々しさに満ちたリクルート、人生の苦楽をその皺に刻んだ老夫婦、
土に汚れたジャージで汗を拭う学生たち、鼻歌交じりに自転車を漕ぐ主婦....
適度に栄え、適度に活気があり、適度な喧騒を伴うこの街には、まさしく丁度いいという言葉が似合う。
そんな街は日本中、世界中にいくらでもあるだろう。
しかし、そんな「どこにでもありそう」な感覚こそが、そう、その地に足の着いた感覚が人を惹きつけ、またそれが「住みやすいまち」の看板を一層輝かせる。
ここにも、人や、物や、音や、色の数だけ、世界がある。
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終業のチャイムとともに鉄弥が振り返る。
「なぁ、これから三茶行かね?....あ、今日バイト?」
「ん?ねーよ」
「美帆ちゃんは?」
「今日は会わない」
「じゃ決まりだな」
「おう。まっちゃん誘う?」
「バイトだってさ」
「あそう」
彼女無し、部活無し、気力無しの鉄弥は、時間があればだいたい元(はじめ)を誘ってはどこかに繰り出す。
特に何をするわけでも無い。適当にブラブラして、ダラダラして、また明日。
この持て余している時間の有効な活用法を二人で考えた事もあったが、しばし無言のまま片方が寝、
追って片方も寝、日付が変わった。
起きて、ゲラゲラ笑う。
何が面白いのかは分からない。でも、面白かった。
「じゃ、行くか」
元が立ち上がる。