だめなひと。-1
「久しぶりだね。こういう所に入るのも」
茂田が夜景を眺める振りをする。ホテルの部屋の大きな窓。一面の夜景。乾いたシーツに大きなベッド。ルームサービスで届いたワインクーラーがベッドのサイドボードで汗をかく。
でも茂田の目は景色なんか見ていなかった。見ているのは私の身体。
「ほんとに来てくれるかどうか不安でさ」
鼻と額を真っ赤にして、私を見ている。
茂田の広告代理店は大したことのない大きさ。頭の悪そうな社員が4人。安い時給に見合った能力のバイトが何人か。でも私にとっては今、彼が大事だった。
3年前だ。私は茂田に一度だけ、抱かれた。
何年も勤めた事務所を大ゲンカして辞めて、フリーになった駆け出しのデザイナーなんてその日から仕事があるはずもない。鳴らない電話が数ヶ月。
仕方なく訪ねたのが、あまり評判も良くない、ということはイコール、安い仕事しかよこさない、茂田の会社だった。同業者に紹介されて、その日に夕食。そのまま汚いラブホテル。別に何でもない。飲み屋で知り合ったオトコとただヤるよりは、まだ救いがある。
抱かれてから半年、茂田が回してくる通販カタログの仕事だけで何とか過ごした。
そして今夜、3年振りのホテル。さすがに今度はラブホテルじゃなかった。
「ボクもこんな交換条件って好きじゃないんだけどさ」
小声で言い訳。肩をつかまれた。
テーブルに飾られた花は、やけにどぎつい色だった。
広い額に、剃り残した髭が、ぐうっと迫る。吐く息がチーズ臭い。オンナを抱く前には歯を磨けって、幼稚園で教わらなかったのか。
でも今の私は3年前と同じ。追い詰められていた。
これから2ヶ月、仕事の予定がない。つまりこれから半年、収入がないということ。
『デパートのパッケージのデザインなんだけど、キミにお願いしようかと思って。包装のベースだけで120万円だし、良い仕事だと思うんだけど』
そう言われたからホテルまで、私はついて来た。生まれつき「テイソーカンネン」が欠けているらしい。そう言えば小学校でも「オトコノコの前だけブリッコ」とみんなにいじめられていた。
3年前には一発ヤって半年。11万円×6ヶ月。その後、茂田にあっさり仕事を切られた。
3年分年をとった。今の私に茂田は120万円払うと言う。
唇が迫る。乾いた分厚い茂田の唇が被さってきた。むっとする汗の匂い。頬をシャっとなでる無精髭。私は殻を作る。身体を覆う薄い膜をイメージする。触られてるのは私じゃなくて、私の殻。キスされて、唾液まみれの舌を差し込まれているのは、私じゃない。身体を包む薄い膜。
「肌は昔と一緒だ……。きれいだね」
茂田が私の耳を噛む。ぴちゃっという水音が耳の中に響く。気持ち悪くなって逃げたくなる。でも茂田の腕が私の肩を回り、離さない。シティホテルに行くんだから、なんて気取って着てきた服も、茂田の目にはただの邪魔者らしい。焦りながら太い指が背中のファスナーを探し当てて、下ろしていく。
すぐにベッドに押し倒さないのもこのオトコの自信のなさ。寝ているオンナのブラジャーを外す技術すらないんだろう。
「ああ……いい香りだね。固くならないで……」
バカが言う。
私は肩を上げて、その不器用な指でもブラジャーが外せるようにしてやった。ストラップが滑り、ワンピースごとブラジャーが前に抜ける。腕を下げたのは脱ぎたいからじゃない。服が皺になるのが嫌だったから。
「相変わらずきれいな胸だよ……」
ふふ、と茂田が笑う。早くやれ。私は思う。早く済ませろ。その後で仕事の話をしましょう、と。
茂田は私の胸をそっと掴んだ。両手の親指と人差し指の間に、私の乳首を挟んでざわざわと動かす。
「堅くなってるね……。久しぶりだからかな」
フゥ、と息を吐く。
部屋が寒い。
腰のあたりにワンピースを巻き付けた間抜けな姿のまま、私はベッドに押し倒される。どすん、と厚いベッドから思ったより大きな音がして、すごく嫌。
「ああ……。すごくいい身体だ。昔のままだ」
茂田の舌が首筋から胸まで這い回る。舌をちろちろ、蛇のように出し入れしながら唾液の跡を私に残す。もともと大きめなのに、寒さと気持ち悪さで膨らんだ乳首を含み、前歯でそっと噛む。舌が巻きつく。
「あん……やだぁ……」
声を出すのもオンナの仕事。ほら見て。ちょっと声を出しただけで、茂田の皺だらけのスーツのパンツがぐぐ、って膨らんだ。
カチャカチャと金属の摺れる嫌な音。無理やり締め上げたベルトを、茂田が苦労しながら外していく。ネズミ色のパンツと下着を、一度に片手で脱いだ。3年振りに見る茂田のペニス。白髪混じりの陰毛の中から血管の浮いた、黒ずんだそれが伸びている。先端がぬるりと光っている。
ネクタイを外し、シャツを脱ぎ、あお向けになった私の上に覆い被さると、茂田は私のワンピースを引き脱がせる。ベッドを汚したくなくて、私は足首を振ってミュールを落とす。ストッキングと、その中の黒の下着に指を掛けて、茂田は私を剥く。脱がせやすいように、私は寝たままでベッドの中央にじりじり動いていく。