だめなひと。-2
「鍛えてるんだな。足首で分かる。スッキリしてて」
腰を持ち上げて、脚の間に茂田の身体が入ってくる。べっとりしたオトコの汗じみた腋が膝に当って。
「うん……」
私は足の指で、茂田のペニスを探り、つつく。うぅっ、と声を出すのを見る。
茂田が私の陰毛に顔をうずめる。そこから声が聞こえた。
「今回は無理でも……、また仕事があれば声を掛けるからさ」
私は跳ね起きた。
「今回は無理?」
部屋に入ってから初めて、私は普通の声を出した。
「今回はさぁ……色々事情があるんだよ。ねぇ……」
と脚の間に覗く頭が付け加えた。
茂田は陰毛を掻き分けて、ようやく私のクリトリスを見付けたようだ。つん、と指先でつつき、捏ね回し、押し潰す。
「だからさ、今日は仕事のことは忘れて」
私には分かった。私の身体にもう3年前の価値はない。少なくともこの目の前の、背の低い、肌が白くてぶよぶよした下腹にびっしりと毛を生やし、汗でべっとりと全身をぬめらせた、口臭と体臭のきつい、女を抱く前にシャワーに入る知恵もない、3年前とまったく同じ「段取り」でセックスをする、そしてこの先、すぐに私の中にペニスを突っ込んで腰をカクカクと人形のように振りたてたかと思えばすぐに射精をし、コンドームを外してから汚れてねっとりと漂白剤みたいな臭いのする精液まみれの萎んだペニスを私の口に含ませて『ほら、コレが入ってたんだよ』と満足げにつぶやいてから寝たふりをして、私がそっと相手に気付かれないようにベッドを出てうがいをした後、音を殺してシャワーで身体を洗いながら、あまりの不毛なセックスに指を噛んでいるところを、そっと起き出してドアの陰からニヤニヤ笑いながら眺めるであろうこの男にとって、私には何の価値もないのだ。
同じ120万円という金額を貰ったら、この男が仕事を出す可能性のある人間の中で、私は一番の仕事をする自信がある。でもこの男には伝わらない。
仕事の話を出しさえすれば、下着を脱いでついて来る、ホテル代だけが必要経費の、安手の性欲処理機。それがこの男にとっての私。泣きそうになったけど、泣いたら負け。
茂田は私の陰毛をすすり、鼻をいっぱいに広げて私の匂いを嗅ぐ。私の膣を指で開き、そっと舌をねじこんでくる。唾液をまぶしつけて、私の中を開き、こすり上げる。
私の中で火が灯った。
胸がどきどきする。2本も空けたワインのせいかも。
子宮をぎゅっと締め上げられる。
茂田は知らない。
私がどんなオンナなのか。
3年前も、今も。
私がオトコに対してどんな行為を望んでいるのか。
『ダメ』私の中の良心のような羞恥心のような白い羽根の子供のようなものが、か細い声で叫ぶ。『やっちゃダメ。おしごと、なくしちゃうよ』
私はその天使を頭から齧った。悲鳴を上げながら眼球が弾け、脳漿をだらりと垂らし、白い布を巻き付けた下半身から臭気の漂う液体を溢れさせながら、私の中の天使は簡単に絶命する。
怒りと劣情。
私は殻を破る。
思いきり力を入れて脚を閉じた、「ぎゅえっ」と情けない声を出す茂田の首を挟む。
私は膜を脱ぐ。
そのまま転がるようにして、茂田をあおむけにし、私はそのお腹をはさむようにまたがる。驚いて目を丸くしている表情。とても嬉しい。クリトリスを茂田のお腹の体毛に擦りつけると、初めて快感を感じた。尖ったクリトリスから送られた電流が私の背骨を抜けて、頭の中でじんわりと広がる。私は茂田を見下ろした。
茂田の額に脂汗。それを見て快感を得る、私の脳の中にある性器。
「……お、怒るなよ」
「怒ってなんかいません」
私は明るく、本当に明るく、優しく笑う。起き上がろうとする茂田の力が、私の笑顔を見て緩む。
「仕事は関係なく、楽しむんでしょ」
「そ、そうなの?」
下卑た笑いが戻ってきた。
これを待っていたの。この笑いが好き。この顔が歪むのはもっと好き。
私の腰を抱いた茂田にキスをする。唇を思いきり開き、鼻ごと彼の唇を奪う。彼の唇が開いて私の舌を吸いこもうとする。私は舌を出し、自分の唾液を載せて、彼の口の中へ運ぶ。空気と唾液の泡の混じった破裂するような音。チーズの味がする歯ぐき。私の唾液を飲みこもうと暴れるざらついた舌。「おうっ、おうっ」っと喉を震わせ、堅くなったペニスが私の尻をつつく。
唇を離すと何本もの透明の唾液の橋がかかる。それを啜る。
「ああぁ……すごいんだね、キミ……、こんなに積極的なんて……。久しぶりなの?」
彼の両手が私の胸に伸びる。下から握ろうとする。その腕をやさしく解き、彼の両腕を頭の横に並ばせる。
「だって、今日はすごく……したくなっちゃったから」
ベッドの上にしおれていたネクタイを取り上げる。
「どうするんだい?」
困惑というより期待の声。何か『ものすごくエッチだね』な行為を期待するうめき。そう、したくなった。ただそれが彼の期待している行為とはちょっとだけ違っていたのは、彼にとっての不幸。私にとっての幸福。