カノジョの定義-9
◇
バタン、と後ろ手にドアを閉めて、錠を落とす。
途端に広がったのは昼間の熱気を含んだムッとする空気。
自分の匂いってやつなのか、フローラルの少し甘い香水の匂いと、陽介の煙草の匂いがふわりとあたしの鼻をくすぐった。
暗がりの中を進んで、ワンルームに続くドアを開け、電気をつける。
そして、ルーチンワークのようにエアコンをつけてからあたしは倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。
目を閉じてジッと耳を澄ませば、低い音を立てて動き出すエアコン。
その通風口から吹き出す冷気に、大きく息を吐き出した。
あれからあたしは、くるみさんから逃げるようにカフェを出て、まっすぐ家路に着いた。
くるみさんと一緒にいればいるほど不安で胸が張り裂けそうだった。
あたしは陽介のカノジョで、くるみさんは単なる昔のセフレ。
冷静に考えれば心配することは何もないはずなのに、なんでこんなに胸騒ぎがするんだろう。
いつも隣にいる陽介の言葉を信じるべきなのに……。
浮かんでくるのはくるみさんの「陽介はやめといた方がいい」っていう言葉ばかり。
ずっと一緒にいた陽介の言葉より、会って間もないくるみさんの言葉の方が心にまとわりつくもんだから、身体がソワソワ落ち着かない。
一人の女で満足するような男じゃないとか、必ず浮気するとか、そんなの嘘だよね?
「陽介……」
一人でいるから不安になってるんだ。
陽介に会えば、今日の出来事なんて笑い飛ばして、心配すんなって頭を撫でてくれるに違いない。
陽介に会いたい。
あたしはベッドの脇に置いていた小さなかごバッグからスマホを取り出して、陽介の名前を表示させた。
……でも、その手がピタリと止まる。
「あ、陽介バイトだっけ……」
時給がいいからってだけで始めた、パチンコ屋のアルバイト。
最初は週に2、3回程度だったアルバイトも、慣れるにつれてガンガン働くようになってしまったのだ。
その結果、会える日は確実に少なくなってしまった。
「……会いたいのに」
鼻を一つ啜ってから、あたしはスマホを再びバッグの中にしまい込んだ。
あたしの不安を取り除けるのは陽介だけなのに、会えないとわかると余計に会いたくなる。
――会って、思いっきり抱かれたい。
一旦そう思い始めると、途端によぎるのはこないだ交わした陽介の身体のぬくもりだった。