『また、明日』-5
「だ、団長〜っ!!大好きですーーっ!!」
ぶわっと涙を溢れさせたミランダが、飛びつこうと両手を広げた時、
「ゴホンッ!!」
非常にわざとらしい咳払いが響いた。
「……やけに遅いから様子を見にきたんだが」
いつのまにか厩舎の入り口に、ディーダーや他の竜騎士たちが立っていた。
「なに?もしかしてお邪魔だった?」
「いっ!いや、そうじゃない!!」
「ち、違うんです!これは……ええと、あの……団長が大好きで、つい……」
パニクりまくっているミランダは、また自分がなにを口走っているか、わからなくなっているようだ。
必死で両手を振る二人に、竜騎士たちはニヤニヤと生暖かい笑顔を向ける。
どうせ一部始終を見ていたのだろう。
「とにかく早く来いよ、ミランダ。主役がいなきゃ困るんだ」
ディーダーが親指で食堂の方角を指す。
「わたしが主役……?」
「食堂でミランダの歓迎会だ」
ベルンもようやく気を取り直して立ち上がった。
「さ、いくぞ」
促すと、ミランダの顔に、今度こそ満面の笑顔が広がった。
「はい!団長!!」
竜騎士たちの中に混ざり、嬉しそうに歩きだす新人女子の姿に、ベルンは心から安堵した。
とんでもない『きっかけ』ではあったが、ミランダの本音を聞けて良かったと思う。
「きるるっ……」
「ん?」
ナハトが鼻先で、ツンツンと肩を突っついた。
我を忘れたミランダが相当怖かったらしく、まだちょっと涙目だし、尻尾は腹の下に丸まってしまっている。
「きるぅ〜」
震えて見守ってしまったことを、詫びているようだ。
「ハハハ、気にするな。俺だってあんなに怖かったのは久しぶりだ」
小声で囁くと、ようやく気を取り直したらしい。
元気に一声鳴き、グリグリと頭をこすり付けて甘え出した。
「わかったわかった。プニプニやふわふわでなくとも、ナハトも可愛いぞ」
笑いながら、ベルンはかけがえない二代目の飛竜を撫でる。
超大型だったバンツァーと、小柄なナハトでは乗り方がまるで違い、最初は互いに四苦八苦したが、じきに慣れた。
かといってバンツァーを忘れた日は今もなく、心が痛んで眠れない夜もある。
この手で仇をとるべきだったのではないかと、悔やんだ回数は数え切れない。
それでも……。
パレードで操られたバンツァーに喰い殺されそうになった時、誰かに突き飛ばされた気がした。
見えなかったけれど、確かに二組の腕がベルンを突き飛ばし、バンツァーの牙からギリギリで逃したのだ。
塗り治された市街地の壁を見るたび、もしかしたらと思う。
あの腕は、かつてバンツァーの主だった二人で、主たるベルンを殺させないよう、【 バンツァーを 】守ったのではないかと……。
バンツァーのことだ。
自身の死は受け入れても、もしベルンを殺してしまったら、死しても自分を許さないだろう。
不思議すぎて誰にも言えない話だったが……。
ともあれ、ベルンが竜騎士として今も空を飛べるのは、バンツァー、ナハト、二組の不思議な腕……それからか弱く華奢で、ずっと守り通そうと思っていたカティヤのおかげだ。
「……それじゃぁ、また明日な」
薄紫の鱗から手を離し、ナハトの瞼にそっと口づけた。
『また明日』
毎晩ナハトへ、必ずそう言う。
未来を視る能力など持っておらず、突然すぎるバンツァーとの別れを、予想も出来なかった。
建国祭の後も、そのずっとずっと後までも、いつまでも一緒にいられると思っていた。
平穏な日々も、危険な戦地でも常に一体で、どちらかだけが生き残る未来など、想像もしなかった。
未来のことなど、誰にもわからない。
それでも明日への希望を願うくらいは、許して欲しいものだ。
きっと自分は、生涯を竜騎士として生きる。
ナハトは立派な成竜に成長し、たくさんの卵を産みながら、人間よりもずっと長い時を生きるはずだ。
その背に何代もの竜騎士を乗せ、大空を飛ぶのだろう。
そしてベルンの身体は土に還った後でも、魂はずっと一緒にいる。
あの二組の腕のように……。
――ベルンに未来を視る能力はない。
だから一年後、ミランダにプロポーズする自分の姿を、まだ知る由もなかった。
終