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庭屋の憂鬱
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ドジ寛の訪問-1

 お屋敷での涼風園の手入れ仕事は全て終わっていた。御城跡の公園の森の一部と化していたお屋敷の庭は今や塀の外からもはっきりと人の住む屋敷の庭であることが解る。もうお化け屋敷などという陰口を叩かれる事はない。後は手入れ仕事で痛んだ庭の苔や下草を植え替えてやるだけである。頼んだ材料が入ってくるのは寒くなってからである。それまでお屋敷での仕事は何も残っていない。お屋敷から引き上げてここ数日、陸たちはのんびりした日々を過ごしていた。気になるのは最後まで姿を見せなかった大奥様のことであり、あの柘植の木のことであった。大奥様の容態は勿論気にかかるが、機会があれば是非あの柘植の事を聞きたかった。大奥様に聞けばきっとあの柘植の秘密が解る、そんな気がしていた。しかしその機会は今日まで訪れずにいた。

 健も又、暇を持て余していた。これでしばらくお屋敷の若奥様と会えないのだ。一目惚れである。ため息をついては准様、准様と煩いことこの上ない。もっともいつもの事だから誰も相手にしないのだが。

 竜が日当たりのいい事務所の玄関脇でなにやら拵えていた。すっかり仲良しになったシンディお嬢様にあげるための竹人形である。何処が気に入ったのか昼休みや休憩の時になるとシンディは竜の傍から離れなかった。竜は竜でシンディとのたわいの無い会話を楽しんでいた。今拵えている竹人形は今度シンディと会う時に渡すためのお土産なのだ。竜もお屋敷にいける日を心待ちにしていたが、それはしばらく先のことになりそうである。



「陸、お屋敷の仕事で当面の支払いの心配は無いけれど、お屋敷の仕上げ仕事を始めるまでどうするつもりだい。遊んでいてもしょうがないだろ」

 当面の資金繰りの心配が無いだけに椿の口調も穏やかであった。

「お屋敷の仕事に掛かりきりで他のお得意さんのところに挨拶回りもしていなかったからなー。今のところ他に仕事はなんにもねえや」

「仕方の無い親方だねー全く。竜さん達を毎日遊ばせておく訳にもいかないだろう。桔梗のところに助っ人仕事が無いかどうか聞いて見ちゃどうだい。お屋敷の仕事では散々世話になったのだから、今度は涼風(うち)園がお返しする番だよ」

 陸と椿がそんな話をしている時、砂ぼこりを巻き上げて一台の高級国産車が滑り込んできた。車から降りてきたのは山本寛太、春風市では一番羽振りのいい春風造園土木株式会社の社長である。玄関脇で竹細工をしている竜を横目に寛太がずかずかと事務所に入ってきた。

「あら、誰かと思えば春風造園土木の大社長さんじゃないか。新しい車だね。相変わらず景気が良さそうだけど、涼風(うち)園に何か用かい」

「なーに、国産の安物さ」

 皮肉交じりの椿の挨拶に寛太が自慢げに応える。

 「春風造園土木株式会社 代表取締役社長 山本寛太」

 元々は涼風園で職人修行をしていた男だが、植木職人としては全くモノにならなかった。ただ商才だけはあったらしく、涼風園を辞めた後、まともな庭屋なら先ず手を出さない道路や公園の除草専門の会社を興して成功していた。陸よりちょっとばかり年上の四十男である。



「おかげさんで忙しくてね。いやね、忙しいのはいいのだが今度取った役所の入札仕事、生憎会社(うち)も手一杯で仕事がこなせないんだ。そこで相談だが手が空いていたら請けちゃ貰えないかと思って来た次第さ」

「フーン、どんな仕事なんだい」

「新道の草刈だ、なーに大した仕事じゃ無い。涼風(ここ)園だったら一週間もありゃ済む簡単な仕事だ」

「だってさ。陸、どうするね」

 いつもであれば頭から断る仕事である。間がいいのか悪いのか、ポッカリ空いた時間をどうやって埋めるか話していたばかりである。

「俺のほうは別にかまわないが、ところで寛太さん、いったい幾らで受けたらいいんだい?」

「ズバリ、五十じゃどうだい、三人で掛かって週仕事で五十だったら文句無いだろう」

「本当に一週間で済む仕事なのかい?」

「ああ、間違いない。新道の端から端までの路肩の草刈だ、一週間もあればお釣りが来る」

 三人が遊ぶ事を考えればそんなに悪くない話である。陸は引き受ける事にした。

「それじゃ早速明日から掛かるから下請けの契約書を用意してくれないか。夕方にでも取りに行くから」

 話がまとまると寛太は再び砂ぼこりを巻き上げて帰っていった。

 竜が事務所に入ってきた。寛太の話が気になったのである。

「ドジ寛の野郎、何の話だったんですか?」

「いやね、新道の草刈の仕事、一週間程でやってくれないかという話だった。涼風(うち)園もちょうど空いている時なので請けてみることにしたよ」

「陸さんが請けた仕事だ、俺に文句は無いが、ドジ寛の野郎、どーも信用ならねえ。一度ちゃんと調べてから契約したほうがいいんじゃないですか」

 ドジ寛とは寛太が涼風園にいた頃の渾名である。やる事なすことドジばかりで皆からそう呼ばれていたが、妙に狡すっからいところがあって、竜は頭から信用していなかった。

「そうだね、竜さんが言うことも一理ある。何せ寛太が相手だからね。ちょっと紅葉に調べてもらう事にするよ」


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