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庭屋の憂鬱
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父の記憶-1

 丸々一週間の除草仕事でこの庭の足元が姿を現した。山仕事と言っては見たが回りは傷つけることが憚られる大切な庭木ばかりである。幹ぎりぎりまで草刈機の刃を回し、それ以上は人間の手での除草である。それでも何とか邪魔な雑草が全て姿を消した。次はこの家から人が姿を消した後に鳥や風によって運ばれてきた雑木の除去。 雑木といえども中には根付いて五十年以上経つ巨木もある。本来の庭木か雑木かの見分けには庭屋としての長年の経験が要る。竜はテキパキとこれを仕分けた。 白い紐は残す庭木、赤い紐は取り除く雑木。竜の指示で健が赤白の紐を庭の全ての樹木に次々とくくりつける。赤い紐が括り付けられた木を取り除けばとりあえずこの庭は五十年前の姿を取り戻す・・・筈である。

 草刈機のエンジン音が止み、今度はチェーンソーの音が鳴り響く。赤い紐の付いた木が次々と切り倒され姿を消して行く。切り倒された雑木の切り株を造園用の小さなミニショベルが容赦なく掘り起こしていった。運転するのは元暴走族の健である。違法改造の二輪車で辺りかまわず走り回っていた健にしては慎重な運転である。周りの大切な庭木を一切傷付ける事無く、的確に切り株の根を掘り返していく。正に天職、健はこの仕事に関してだけは絶対の班長であった。皆がその手を休め、健の仕事に見入っている。

「たいしたもんだ、機械を運転する事に関しては健のものだな、誰も適わない」

 いつもは健を叱り飛ばしている竜がさも感心したように声を上げる。その声が健の耳に届いたかどうか、健はますます快調にショベルの先を動かしていた。



 陸達が作業に掛かって一月が経っていた。この庭から雑草が消え、不要な樹木の撤去も全てが済んだ。ただ一本の柘植(つげ)の木を除いては。

 その柘植の木に何故か赤と白の二本の紐が括り付けてあった。樹高三メートル強、幹径十センチ。成長の極めて遅い柘植の木がこの大きさに育つには苗木から計算して五十年は優にかかる。庭の主木としてもなんら不思議ではない格を持った堅(かた)木(ぎ)である。ただ、それが根付いていた場所が問題であった。姿を現した庭の通路の真ん中にそれは存在した。竜は迷った。そして最後まで判断を下す事が出来ず、ついには赤と白の二本の紐を括り付けたのだ。

 とりあえず目線から下の仕事は全て終わった。これから後は伸びきった枝の選定だ。やっと鋏が使える。身震いするような高揚感、
 くたくたに疲れているはずの七人全員の目が輝いていた。全ての機材を片付け、皆が帰り支度を急いでいる時であった。竜が壮介に向かってつぶやいた。

「壮介さん、何か感じないか」

「ああ、竜さんも気がついていたのか」
 
 木漏れ日に照らし出される庭木の自然な配置、流れるような配石。その一つ一つに見覚えがあった。二人が若い頃から親方の海に散々仕込まれた涼風園流の庭造りがそこにあった。

「義兄(にい)さん、竜さん、どうかしたかい?」

 今日の仕事の終わりを母屋に告げに行っていた陸が戻ってきた。

「陸さん、この庭、元々涼風(うち)園の仕事ですよ」

 壮介の言葉の意味が直ぐには理解できなかった。そして竜が追いかけるように言った。

「陸さん、よーく見て御覧なさい。何処を取っても先代の仕事です。間違いありません」

「竜さん、ちょっと待ってくれ」

 陸は混乱していた。父の片腕として長年働いた二人の言う事だ、多分間違いの無い話だろう。しかしそんな話、父からも他の誰からも一切聞いた事が無い。

 竜と壮介が姿を消したその庭で、陸はただ一人考えていた。

「一体どういうことだ、親父」

 身じろぎ一つできずに目前の庭を凝視している陸を座敷の奥からじっと見つめる小さな影がひとつあった。その影も又身動きできないでいた。


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