真夏の格闘ー困惑-1
桔梗姉のところから桔梗の夫である壮介以下三人の職人が来てくれた。頼もしい助っ人である。しかしその助っ人達が鬱蒼とした庭を前に尻ごみをしている。腕利きの庭職人の彼らにも全く庭としての形が見えないのである。
「こりゃー」
そう言ったきり皆が絶句した。
「陸さん、こりゃ手強いぜ」
「すまない、壮介義兄(にい)さん、こんな仕事頼んじまって」
「陸の一世一代の仕事だからね。弱音なんか吐いたら承知しないよ」
一緒に付いて来ていた桔梗が皆に発破を掛ける。日頃、陸をおもちゃにしている桔梗がその実、心(しん)から溺愛していることを皆が知っている。陸の大仕事をしくじりでもしたらどんな事になるか、そっちの方が恐ろしい。桔梗の一言に皆が緊張した。
「陸、この仕事を普通の庭仕事と考えたら大失敗(へま)するよ。先ず山仕事と考えな。次に公園仕事。最後(しまいに)に庭仕事と考えな。最初(はな)は小さい事なんか気にせずに思い切って邪魔なもの取っ払っちまえ。それから余分な枝落とし。まともな庭仕事は最後でいい。なーに、とって食われる訳じゃなし。さーやっておしまい」
涼風園の女台風、それが嫁に行く前の桔梗の呼び名である。
“桔梗が男なら”
皆がそう言って桔梗が女である事を惜しんだものである。父、海もどんな現場にも桔梗を連れて行った。海の弟子作りの最高傑作が桔梗なのである。その桔梗がある日突然“嫁に行く”と言い出した。相手は壮介、涼風園の職人の中では一番大人しい男であった。腕は確かであったが、何せ覇気が無さ過ぎた。そして誰もが首を傾げた。それでも強引に壮介と所帯を持った桔梗がふと漏らしたことがある。
「新しいおもちゃが欲しくなったのさ」
陸が大学に進み、家から姿を消した頃の事である。壮介に陸の面影を見たのかもしれない。その事を知ってか知らずか、海はあっさりとその結婚を許したのだ。
壮介の嫁となった今でもその気性の激しさと庭屋としての腕は全く衰えていない。今では壮介園の大黒柱として毎日現場から現場へと飛び回っているのだ。
「あんた、他の現場は私に任せてこの仕事、立派に仕上げて見せな。陸の事頼んだよ」
壮介に向かってそう言うと、屋号が大きく書かれた軽トラックに飛び乗り走り去って行った。まさに台風桔梗の面目躍如である。
「やれやれ、桔梗姉さんは相変わらずだな。しかし、姉さんの言う事には一理ある。これだけほったらかしにされていた庭だ、先ず山仕事と思って掛からないとどれだけでも時間食ってしまう。 先ずは下草刈りと雑木の処理からだ」
壮介も大きく頷く。これ以上言葉は要らない。百戦錬磨の職人達が四方に散った。ただ一人、健を除いては・・・。
「な、なに、俺、何すりゃいいのよ?」
「健、何ぼさっとしてやがる。兎に角邪魔な下草を全部刈り取るんだ」
竜の気合の篭った声が健に向かって飛ぶ。さっきまで静かだったお屋敷の庭にけたたましい草刈機のエンジン音が満ち溢れる。荒庭(あれにわ)との戦いが始まった。