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庭屋の憂鬱
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四人の姉-1

「竜さん、お城跡の隅にあるお屋敷の事だけど、ちょっと教えてくれないか」

 竜というのは父の代からずっと涼風園で働いてくれている腕のいい植木職人である。総白髪(しらが)の上に日焼けと酒焼けで真っ黒な顔、一見老けては見えるが未だ五十をちょっと出たばかりの働き盛りの職人である。

「お城跡隅のお屋敷って言うと・・・春風のお殿様のお屋敷の事ですかい?」

「そう、そのお殿様のお屋敷の事だがね、竜さんなら何か知っているのじゃないかと思って」

「知っているも何も、子供の頃近所の悪餓鬼共と一緒に屋敷に潜りこんでとっつかまって、そりゃーこっぴどく親に叱られましてね。“お殿様のお屋敷に何てことしやがる”ってなもんでひどい目にあっちまったけど他には何も」

「親父から何か聞いた事は無いかね」

「先代からですかい?さー、一度も聞いた事は無いですね。それであのお屋敷が何か」

「実は今度お屋敷の庭の手入れをする事になってね。それで竜さんが何か知っているかと思ってさ」

「十五の歳から涼風(こ)園(こ)にお世話になっちゃいますが今まで涼風(う)園(ち)が手入れに上がった事も無けりゃ他所が手入れしたって話さえ一度だって聞いちゃいませんよ。それに今更手入れするったって、あのお屋敷の中はとんでもない事になっているのじゃありませんか?」

「実は昨日お屋敷に伺ったのだが、そりゃーひどい荒れようだった」

「無人の筈じゃ?」

「それが、つい最近ご一家でお戻りになられたようでね。庭のほうを何とかしてくれって頼まれたのさ」

「ヒュー、そいつはすげーや、あのお化け屋敷の手入れとなりゃ大仕事だ」



 健が素っ頓狂な声を出した。健は涼風園に出入りするようになって未だ四年目の二十五歳の若者である。それまでは改造二輪車で春風の町を辺り構わず走り回っていた。そんな健の行く末を案じた母親に頼み込まれて涼風園で預かっている。庭仕事が性に合っていたのか、つらい仕事に文句ひとつ言わず、毎日楽しそうに仕事をしている。真黄色に染めた長い髪だけがやんちゃをやっていた頃の名残である。

「健、人様がお住みのお屋敷をお化け屋敷呼ばわりするものじゃないよ」

 それまで黙って聴いていた陸の一番上の姉である「椿(つばき)」に嗜(たしな)められて健は首を竦めた。

「陸、そのお仕事引き受けたのかい?」

「ああ、つい勢いでね。それに今これといった仕事もないしありがたいかと思ってさ」

「確かにやりくりに頭悩ましている私にとってもありがたい話だけど、涼風(うち)園でこなせる仕事なのかい?」

「椿(つばき)」「桜(さくら)」「桔梗(ききょう)」「紅葉(もみじ)」と四人続いた娘の後、元々体の弱かった母の「松(まつ)」が自分の命と引き換えに残してくれたのが涼風園の跡取り息子の陸である。陸を生んで半年程寝込み、あっけなく亡くなった母に代わり、椿は陸のミルクの世話からおしめの始末までとそれこそ母親代わりとなって陸を育てた。そんな椿にとって、この仕事が陸にはあまりに荷が重いのではと気がかりの様子であった。



 椿は陸の面倒を見る傍ら涼風園の事務方を一手に引き受け、父の海や涼風園を助けてきた。遅くにサラリーマンの家庭に嫁いだが自分に子供が出来なかった事もあり、夫が会社に出ている昼間はいつも涼風園で帳簿とにらめっこしているのである。

「涼風(うち)園だけじゃ無理だけど桔梗姉さんのところに手伝ってもらったら何とかなるさ」

 三女の桔梗は涼風園の出入りの職人であった壮介と恋仲になり結婚し、今では結構大きな庭屋を営んでいる。涼風園の仕事が混んでくると応援を頼むのが常であった。

「そうだね、今晩にでも桔梗に頼んでみるか。そりゃそうと、いつからお屋敷の仕事にかかるんだい?」

「二週間もすればこの暑さも凌げる様になるだろうから、それから仕事に掛かろうかと思っている」

「久しぶりに忙しくなりますね」

 健が屈託無く言うと

「バカヤロ、久しぶりだけ余計だ」

 そう言って竜が健の黄色い頭を小突いた。そんな二人のやり取りを他所に何故かいまひとつ乗気ではなさそうな椿の様子が陸には気懸かりであった。

「姉さん、何か気になる事でもあるの?」

「いやね、今月も遣り繰りがたいへんで頭がいたいのさ。何処から竜さん達のお給料引っ張り出そうかと悩んでいるんだよ」

「貸しときますよ、俺。貯金あるし」

「健、生意気言うんじゃないよ。なーに、なんとかなるさ、今までだって何とかなってきたし」

 そういうと椿は帳簿をめくり始めた。三人が側(かたわ)らで交わすお屋敷の仕事の話にはもう入って来なかった。

「そうと決まれば今ある仕事を二週間で全部片付けるとするか。健、忙しくなるぞ」

 竜も久しぶりの大仕事に興奮気味である。竜と健があたふたと出て行った。

 静けさだけが残る事務所の中には椿のめくる帳簿の音だが響いている。その音が突然止んだ。

「ところで陸、桜が持ってきた写真、ちゃんと見たのかい?桜がこぼしていたよ。陸はちっとも本気にならないって。お前、もう三十九だよ。それとも他に誰か好きな女(ひと)でも居るんじゃないだろうね」

 二番目の姉の桜は近くの商家に嫁いでいる。暇な上に世話好きと来ているから始末に悪い。見合い写真を小脇に抱え町中を飛び歩いているが目下の関心事は陸の花嫁探しである。次々と見合い写真を持ち込んでは陸を悩ませている。

「いるわけ無いだろう、そんなの」


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