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庭屋の憂鬱
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四人の姉-2

 本当は理由(わけ)がある。何を隠そう四人の姉の存在そのものが未だ陸が独身を続ける本当の理由(わけ)なのである。物心ついたときから陸は四人の姉達の宝物であり且つ手近なおもちゃであった。幼い頃は着たくも無い姉達の赤い服を着せられ、顔にはとんでもない化粧を施され、四六時中ままごと遊びに付き合わされた。おかげで同じ年頃の男友達など皆無であり、男の子の荒っぽい遊びなど何一つ知らずに成長した。年頃になればなったで付き合う彼女の品定めが四人の姉達の共通の楽しみであった。
「顔が悪い」「躾がなってない」「趣味が悪い」とあまりの干渉にどの女の子もあきれ果てて離れていったものだ。

 そんな陸にも姉達から逃れる絶好のチャンスが訪れる。大学進学である。地元にも大学はあった。しかし陸は父親の仕事の跡を継ぐという口実で遠く離れた南国の造園専門の大学に進んだ。中途半端に離れた所に進学したらこの姉達のことだ、何か口実を見つけては押しかけてくるに違いなかった。おかげで大学の四年間は姉達のおせっかいを受けずにのびのびと暮らす事が出来たのだ。それに味をしめ卒業後は大学院に進み、更に課程終了後は研究室の助手として大学に残り、姉達の束縛の無い気ままな生活を送り続けた。

 転機が訪れたのは造園学の准教授として研究に没頭していた三十五歳の時である。父、海が病に倒れたのだ。父の跡を継ぐと啖呵を切って家を出た陸に姉達の帰郷を促す電話がひっきりなしに掛かって来た。ついには四人の姉たちによる拉致、強制連行である。おかげで大学には辞職の事後連絡をする羽目になってしまった。



 帰郷したその日、庭屋には余りに不似合いな色白長髪の自分に別れを告げさせられた。ばっさりと長髪を切り落とされ、更に四人の姉達の手で残った髪の毛をつるつるに剃り落とされてしまったのである。格好だけは強面(こわおもて)の親方見習いの誕生であった。それからは再び姉達のおもちゃとして暮らす日々が始まった。

 しかしその事を陸は決して後悔していない。後悔するのは何故父が元気なうちに涼風園に帰らなかったか、何故父からその卓越した技術を受け継がなかったか、という事である。帰郷し、僅か一年もしない内に父「海」は他界した。素人同然の陸に付いて来てくれたのは竜と預かったばかりの健の二人だけであった。

 父、海の庭屋としての腕と人柄に集まっていた顧客の多くが潮が引くように去っていった今、椿が月の遣り繰りに頭をひねっているのを見るに付け、自分の不明を恥じるのである・・・と自分に言い聞かせても四人の姉達のおせっかいはすさまじい。こんな姉達の監視の下で嫁を貰ったところで三日も持たない事は解りすぎるくらい解っている。

「俺が未だに独身なのはあんた達のせいなんだ」

 そう言いたいのをグッと堪える。もし、それを言った途端、百倍いや千倍の弾丸(たま)になって帰ってくるのが目に見えているのだから。

「椿姉さん、桜姉さんにはちゃんと断っておいてくれよ。今は仕事覚える事で精一杯。見合いどころじゃないよ」

「この子ったら・・・仕方ない子だね。今度だけだからね。次ぎ断るときにはちゃんと自分で断りなよ」

 四十目前の男をつかまえて“この子”も何も無いものだが、最後はちゃんと味方になってくれる椿が頼もしい。さすが母親代わりの椿姉である。

 どうやら雲行きが怪しくなってきた。椿が帳簿付けに没頭しているのをいいことに陸はこっそりと事務所を抜け出した。外は未だ焼け付くような夏真っ盛りである。


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