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庭屋の憂鬱
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屋敷の奥で-2

「ありがとうございます。母のたっての願いを叶えることができて一安心いたしました」

「それにしても何故涼風園なのか、大奥様は何かおっしゃっておられましたか?」

「それは何も。ただこの家で生まれ、この町で育った母ですから、多分涼風園様のことを覚えていたのでしょう。ひょっとして母がこの家で暮らしていた頃、涼風園様とお付き合いがあったのかもしれませんね」

 それは無い筈である。自分の仕事に誇りを持ち、何よりお得意さんを大切にしていた父である。一度手がけた庭がこんな荒れ放題になるまでほったらかしにして置く筈が無かった。

 昨日このご婦人が帰った後、父が残したお得意様台帳を調べてみたがこの屋敷の事は一行さえ記(しる)されてはいなかった。ましてや父は陸がこの屋敷に近づくことさえ硬く禁じていた。大奥様の気迫に押されつい引き受けてしまったが得体の知れない疑問と不安が陸の中に生まれていた。

「竜さんなら何か知っているかもしれないな。それにしてもこの庭をちゃんとした庭に仕立てる事など俺にできるだろうか」

 誰に言うでもなく、陸は一人呟いた。そんな陸の不安を他所にこの奥様はおいしそうに麦茶を飲んでいる。

「昨日お宅でこれを頂いて、あまりおいしかったものですから今日早速買って参りましたの。私、英国(イギリス)で生まれ育ち、この春日本に戻ってきたばかりでこれを飲むのは生まれて初めて。このお飲み物、「麦茶」って言うのですね。それに昨日お宅で拝見したオブジェ、次はあれを買ってこなくっては」

「オブジェ?」

 事務所に祭ってある神棚の事である。昨日この奥様が何か不思議なものでも見つけたかのように繁々と見つめていた理由(わけ)がやっと解った。この奥様、生まれて初めて神棚を見たのだ。それにしても神棚をオブジェとは。やはりこの奥様、ちょっと変である。

「すっかり長居してしまいました。それではこれで」

 手にした麦茶を盆の上に置き陸は立ち上がった。

「よろしくお願いします」

 奥様も深々と頭を下げた。


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