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庭屋の憂鬱
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突然の訪問者-2

 涼風園は町屋専門の庭屋である。あれ程のお屋敷の庭を手がける事など、沢山の職人を使っていた先代、先々代の頃ならいざ知らず、今は自分を入れて僅か三人の働き手しかいないちっぽけな庭屋である。そんな涼風園にとっては望外の仕事である。断る理由など何処にも無かった。しかし、何故か釈然としない。

 陸は思い切って尋ねてみた。

「それにしても、何故私どもの様な小さな庭屋に?」

「この町で一番古くて腕の良いお庭屋さんといったら涼風園さんしかないでしょ。だからお頼みに参りましたのよ」

 この奥様の情報は何処かピントが外れている。涼風園がこの町一番の庭屋であったのは先代の父、海が元気であった頃の事である。海が病に倒れ、回復すること無く逝った後、自分が跡を継いでからというものは多くいたお得意さんも職人も次々と涼風園から離れていった。今では何とかその日を凌いでいる有り様なのである。しかし今、それをこの奥様に言う訳にはいかない。

「うちで手に負える仕事かどうか、一度お屋敷の庭を拝見させていただいてからご返事するということではいけませんか」

「ええ、それで結構ですわ」

「それでは明日の午後にでもお宅のほうに伺わせていただきますので」

 春風の奥様は陸が決して断らないであろうと確信したような微笑を浮かべ、

「はい、良いご返事を頂ける事、期待してお待ちしております。それでは明日の午後に」

 そういい残して彼女は立ち上がった。ガラス戸の向こうに身体を半分持ち出した時、突然彼女が振り向いた。彼女の視線の先は陸ではなく、部屋の隅の神棚である。

「なんてかわいいオブジェですこと」

 巣箱では無いという事は理解してもらえたようだが、今度はオブジェとおっしゃった。

 そういい残して彼女が去った事務所にはほのかな伽羅の香りが残った。

 一人になるとにわかに先代、いや、親父の海が口癖のように私に言い聞かせていたあの言葉が蘇る。

「陸、殿様のお屋敷には絶対に近寄るんじゃねえぞ」

 明日の訪問の事を考えると陸は憂鬱になった。


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