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庭屋の憂鬱
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気の進まぬ訪問-1

 私の名前は「陸(りく)」。ここ「春風市」で三代続く庭屋「涼風(すずかぜ)園(えん)」の親方である。親方といえば聞こえがいいが二代目の父「海(かい)」の死でやむなく三代目を継いで三年目の新米親方。ちなみに独身、三十九歳の独り者である。

 理由(わけ)は解らないが、子供の頃からこの屋敷に近づくことを父から厳しく戒められていた。それ故城跡の公園で遊ぶ事はあっても同じ敷地の中にあるこのお屋敷に近づいた事は一度もなかったのであるが、今日はひょんなことからこの屋敷を訪問する羽目になってしまった。

 屋敷の前に立つと改めてその古さと広大さに驚かされる。それにひどく荒れていた。

「やたら近づくんじゃねえぞ」

 普段優しかった父親がこの屋敷のこととなると一変して怖い顔になった。それを思い出すとこの門を潜(くぐ)ることが憂鬱でならない。そろそろと門を押してみた。

 内から閂(かんぬき)でも掛けられているのかビクとも動かない。辺りを見渡してみるがインターフォン等と言う気の利いた機(も)械(の)は何処にも付いていない。やむなく門を叩き、大声を張り上げて来意を告げるが、屋敷の内からは何の返事も無い。元々気の進まぬ訪問である。返事が無いのを幸いに引き返そうと屋敷に背を向けた。



「どちらさま?」

 突然背中の方から甲高い声がした。思わず振り返り辺りを見回すがやはり誰もいない。

「気のせいか」

 再び背を向けようとしたとき今度は足元で声がした。

「なにかごよう?」

 思わず視線を下に落とすと、いつの間に開いたのか大門の脇にある潜り門の隙間から四、五歳程の幼い女の子が怪訝(けげん)そうに陸を見上げていた。

 こんな幼い子供の問いかけにどう応(こた)えてよいのやらと考えあぐねていると、今度は潜り門が大きく開き、この女の子を押し出すようにして二十歳(はたち)そこその若い女性が出てきた。それにしても大変な美人である。

「おかあさま、へんなひとが」

 ニッカポッカに地下足袋姿、おまけにスキンヘッドという陸の事が幼いこの子には「変な人」にしか見えないようだ。仕方ないことかと陸は苦笑した。

「瑤子(ようこ)さん、失礼ですよ」

 二人のやり取りから判断するとどうやらこの女は子供の母親らしいが、この子の母親にしてはやけに若い。それに恐ろしく上品な言葉遣いである。お殿様の家はさすがに違うなと妙なところで感心した。

「ごめんなさい、子供が失礼なことを申しまして。涼風園の陸様ですね、母からお迎えするように言付かっております。どうぞお入りください」

「おばあちゃまのおきゃくさまですか、ではどうぞおはいりください」

 幼いこの子は母親の口真似をし、後を付いて来いというような仕草で潜り門を潜った。

 陸は思わず目の前の小さな潜り門に向かって身をかがめた。後ろからは若い母親の甘い香りが陸の背中を優しく押す。近づくことさえ禁止されていたこの屋敷の中に、陸はいつしか身体(からだ)ごと押し込まれていた。

 遮られていた視界が一気に開けた。潜り門から母屋の玄関に続く通り庭はまるで小さな森のごとき有様であった。


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