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【青春 恋愛小説】

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ボタン-1

八時少し前に家を出た。
いつもよりも、少し早い。
夜中から降り始めたらしい雪が、うっすらと地面を覆っている。
 
空を、地面を、木々を、家々を、今日の景色、すべて目に焼きつけておきたい。
何年の後にも、気持ちごと、この日を思い出せるように。
そう願いながらゆっくりと、いつもの、だけど最後の、道を行く。
緑と、たくさんの家々が続く、薄曇りの道を。

昨夜は、あんまり眠れなかった。
どうしても、胸が痛くて、苦しくて。

「おはよう」

わたしが角を曲がると、いつもの待ち合わせ場所に、沙和はもう立っていた。
沙和とは、幼稚園のときからずっと友達で、この中学校へも毎朝一緒に通った。
楽しいことが同じで、よく二人で笑いあった。
 
そんな彼女の表情も、心なしか今朝はかたく見える。
向かいあって、見つめ合って、大きく息をはいて、二人で言う。

「最後だね」

今どきあまりないような、典型的なセーラー服の制服に腕を通すのも。
大きな鞄を肩にかけ、ここで、沙和と待ち合わせるのも。
長く緩やかな坂の続く通学路を歩くのも、裏門から学校に入るのも、がたがたと鳴る下駄箱のすのこを踏むのも。
それから、教室で、隣の席のきみに
「おはよう」を言うのも。

今日で、最後。
卒業の日の、朝。
 
 
校内へ入り、クラスの違う沙和と別れ、三年五組の教室へと向かう。
開けっ放しのドアから入ると、教室はかなり騒がしく、もう大半のクラスメイトが来ているみたいだった。
サイン帳を渡しあったり、写真を撮りあったり、中には、もう泣きだしているような子までいた。

そんな風景を流れるように見ながら、わたしの目は、窓側から三列目、後ろから三番目の、きみの席を捕らえずにはいられない。

最後の日だっていうのに、きみは、やっぱりいつもと変わりなく、数人の男の子たちのなか、はしゃぐこともなく静かに笑ってた。

何人かのクラスメイトが、「一緒に写真を撮ろう」
と、わたしに声をかけたけど、あとでね、と軽く断って、わたしは自分の席にむかう。
窓側から四列目、きみの隣の席。
きみに、最後のおはようを言うために。

今日は持ち物も少なく、軽い鞄を、机の上に置く。
いつもみたいに、その音で、背を向けていたきみが振り向くのがわかった。

目が合って、わたしは言う。ゆっくりと。

「おはよう」

毎日、この瞬間が大好きで、でも、一番緊張してた。
朝、きみが席にいない日は、休みじゃないかと不安になった。
だって、きみがいなきゃ、わたしがここにいる意味なんてない。

「おはよう」

きみが、最後のおはようをくれて、それだけで、わたしはもう泣いてしまうかと思った。


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