ボタン-2
離れたくない。
失いたくない。
きみと出会ってから、想い続けたことを、今日ほど強く願ったことは、ないと思う。
きみは、おはようを言った静かな微笑みを顔に残したまま、
「そういえば」
と言って、机の脇にかかっていた自分の鞄の中をのぞいた。
そして、一枚の紙を取り出すと、まだ立ったままのわたしに、それを差し出す。
「遅くなって、ごめん」
受け取ろうと手を出したら、まだ冷たいわたしの指と、暖かなきみの指が触れ合って、また苦しくなった。
きみの渡してくれたそれは、何日か前、わたしが渡したサイン帳の一ページだった。
不恰好で大きな字で、一番上に、「中谷絅梧」と、きみの名前が書いてある。
みんなが、絅(ケイ)ちゃんて呼んでたその名前も、穏やかな外見に似合わないその字も、全部大切すぎて、わたしはそれから目をそらす。
卒業が近づくにつれて、女の子たちが持ってきはじめたサイン帳。
ファイル式になっていて、一枚ずつ取り外せる作りになっている。
それをクラスメイトや仲の良い子たちに配り、名前を始め、生年月日、血液型、将来の夢、自分へのメッセージ、そんないろいろを書いてもらって回収するのだ。
わたしも、沙和と出掛け、すごくシンプルなものを一冊買ってきて、クラスのみんなや部活の仲間に配った。
「絅ちゃん、これ、書いてくれる?」
そう言いながら、一番書いてもらいたかったきみに渡したときは、心臓が壊れそうなほど緊張した。
「おれなんかが、書いていいの?」
いつもみたいなに控えめにそう言ってたきみだけど、なかなか書いてきてくれなくて、わたしはもう、半分諦めてたのに。
嬉しくて、照れくさくて、その場で見ることができなくて、わたしはそれを、すぐに鞄にしまった。
それから、女子の輪に加わり、写真を撮ったりしているうちに担任がやってきて、少し話をし、わたしたちに、時間がやってきたことを告げた。
式場である体育館へ向かうための整列が済むのは、あっという間だった。
今日は静かに、みんなが担任の支持に従う。
造花のブローチが配られ、ひとりひとり、それを胸につける。
廊下に、出席番号順に並びながら、はるか後のきみを振り向き、その造花の鮮やかさに目頭が熱くなって困った。
平然と窓の外を眺めている様を見つめ続けていたら、目が合って、笑ってくれて、なのにわたしは、ろくに笑い返しもできずに自分の手をぎゅっと握り締める。
胸の痛みよりも、手の平の痛みが勝ればいい、そう願う。
入場した体育館は寒くて、履いていた靴を擦りあわせながら、式が進んでいくのを見ていた。
これが、自分たちの卒業式だっていう実感が、わかない。
明日はもう、きみの隣に座れないなんて。
きみと出会ってから、わたしはずっと、卒業するのが嫌だった。恐かった。
それまでは、友達関係や行事が面倒臭くて、早く卒業したいと思ってたのに、きみを知ったら変わってしまった。