非売品ストロベリー *性描写-3
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交渉相手の男は、それなりに女慣れしている色男だったが、エリアスにとっては赤子の手をひねるようなものだった。
焦らしに焦らしてから快楽浸けにし、依頼人の望む条件で契約を結ばせた。
寝所の外で待っていたミスカには、一部始終が聞えていただろうが、何も言わなかった。
その代わり、依頼主の女商人と目一杯イチャイチャしてくれたが、エリアスの方でも無視を決め込んだ。
「――ありがとう、期待以上だったわ。報酬は上増ししておいたから」
自宅で契約書を受け取った女商人は、満面の笑みで報酬を渡してくれた。
そして、くすくす笑いながら、ミスカの腕に自分の腕を絡ませる。
「貴方とも、もうお別れなんて寂しいわ」
やり手の商人だという彼女は、やや年増だがゴージャスな美女だ。
性的にも奔放で、その美貌を武器にすることも多いそうだが、今回の相手とは、とことん相性が悪かったので、依頼を出したらしい。
「しばらくこの都市にいるなら、また遊びに来てね。特に夜だと嬉しいわ」
すっかりミスカを気に入ったらしい彼女は、なかなか腕を離そうとしない。
なんとなくモヤモヤした気分だが、ミスカが彼女と寝たとしても、別にいい。
向こうも割り切った遊びだ。報酬の上増し要素には、その部分も含まれているのだろうから。
エリアスがした仕事と、同じようなものだ。
自分に言い聞かせていると、ふとミスカと目があった。
「ああ。それじゃ、また」
ミスカがニヤリと笑って、女商人の腰を抱き寄せた。
金色の瞳から、挑発的な視線が向けられている。
非常に面白くなかったが、眉一つ動かさず無表情を保った。
(おあいにくさま。妬きませんよ)
しかし、女商人がミスカの首を両手でひきよせ、軽く唇を触れ合わせるのが目端に写り、次の瞬間、視界がぼやけた。
熱い水が頬を伝い、顎先からポタンとテーブルへ落ちた。
「……エリアス?」
金色をしたミスカの魔眼に、驚愕が浮かんでいる。
女商人も、ポカンとした顔でこちらを凝視していた。
「え?」
頬に手をやり、エリアスは自分が泣いている事に、やっと気付いた。
無表情のまま、紺碧の瞳からとめどなく涙を溢れ出していた。
「あ……どうして……」
濡れた頬を、あわてて袖で拭う。
胃袋の辺りが重苦しく、器官が詰まったように、上手く息ができない。
泣くつもりなどまったく無かった。そんな理由もあるはずがないのに……。
うろたえていると、引きずられるように、あっという間にミスカの腕に捕らわれた。
金の魔眼が光を放ち、一瞬後には滞在している宿の部屋へ移動していた。
ポフンと寝台へ投げ落とされ、そのまま身動きとれないよう組み敷かれる。
「妬かないんじゃなかったか?」
見上げたミスカは、ひどく嬉しそうなニヤケ顔だった。
「妬いてなどおりません」
「泣いてたじゃん」
「……涙腺の調子が悪かっただけです」
必死で食い下がるが、まだ目端には涙が残っているし、頬は羞恥で真っ赤だ。
仕方なく唇を噛んで押し黙った。
唇に吐息がかかるほど、ミスカの顔が近づく。
「謝んねーぞ。俺も泣きそうだったんだからな」
ペロリと唇を舐められると、ぞくっ脳髄が痺れ、引き結んでいた口元からゆるゆると力が抜けてしまう。
「ふぁ……」
ぬるりと忍び込んできた舌が歯列を舐め、舌を絡めとる。
「ん、んく……ん……」
無意識に鼻にかかった声があがり、また両眼から勝手に涙が溢れはじめた。
柔らかい唇がしっかりと合わさり、温かい舌がゆるやかに口内を貪る。
角度を変えられるたび、吐息と切れ切れの嗚咽が零れていく。
舌を吸い上げられ、擦れた粘膜が湿った音を立てる。口中を全て食べられてしまいそうなほど舌で犯され、体温が上がっていく。
汗ばんだエリアスの身体から衣服を剥ぎ抱る間も、何度もミスカは唇をあわせる。
そのたび、蕩けそうな快楽が湧き上がり、エリアスは身悶えた。
両頬を掴まれ、瞑っていた目を開くと、金色の瞳が間近にあった。
「鉄格子の閨にいた頃、お前の『仕事』はさんざん見たけど、こういう顔はしてなかったなぁ……」
昔を思い出すように瞳を狭められ、思わず聞き返す。
「どういう顔ですか?」
「目は潤んで、唇が赤くなって、隙だらけでエロい」
「……」
褒められているのか、今ひとつ理解しがたく、エリアスは首をかしげた。
「主たちに奉仕してる顔はさ、綺麗だったけど、気持ち良さそうじゃなかった」
「……相手を気持ちよくすることが、わたくしの役目です」
溜め息が零れる。それすら快楽に茹って熱い。
「寝台の上は、いつでも一番冷静になれる場所だったのに……そうさせてくれなかったのは、ミスカだけです」
ミスカがくくっと喉を鳴らし、幸せそうに笑う。
「すげー殺し文句」