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『由美、翔ける』
【スポーツ 官能小説】

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『由美、翔ける』-18

「更衣室はここよ」
「ありがとうございます。えっと……」
「志保、で構わないわよ」
「わかりました、志保さん」
 “赤坂”の姓が二人いるので、どう呼びわけたらよいか迷ったのだが、志保はそれをすぐに察して、由美に伝えてくれた。
「貴女のストレッチの相手は、わたしがするわね。本当は、よっくんと、水入らずにさせてあげたいところだけれど、やっぱり事故はこわいから」
「はい。わかっています」
 スポーツに伴う“事故”の怖さは、由美も十分に承知していた。彼女は、胸の中にある棘の痛みを思い出して、少しだけ感傷的な気分を抱いた。
 第2体育館は、専門的な設備が揃っているだけあって、一般開放をしていない。それもあってか、フロアに人はまばらで、しかし、その中にある“熱気”は、それぞれが本気でスポーツに取り組んでいる姿を、由美の目に映し出していた。
(わたしも、軽い気持ちは捨てないと)
 八日市との“デート”であるという気分を、由美はしまい込んだ。今から行うのは、本格的なトレーニングなのだと、己の中で気持ちを盛り上げていく。
「ほう。さすがは、代表候補選手。いい目をしている」
 赤坂陽太郎の呟きは、トランポリンを前に集中力を高めている由美には、聞こえていなかった。
「いいですか、柏木さん。トランポリンは、見た目以上に身体のあちこちの筋肉を使うんです。1分間の跳躍で、100m走を一回走るのと同じ運動量だと、思ってください」
「そんなにも?」
「ええ。ですから最初は、高く飛ぼうなんて考えずに、リラックスして、跳躍を楽しむつもりで、1分間、飛んでください」
「ええ」
「あと、跳躍をやめるときは、膝を少し折り曲げる感じで、下半身全体に体重を逃がす感覚で」
「わかりました」
 八日市の言葉に、由美は真摯な頷きを返して、トランポリンのベットに一歩を踏み出した。
「!」
 伸縮性のあるそのベットが、思ったよりも沈み込んで、由美は身体のバランスを保つために、普段は使わないような部位にも、力みがかかるのを感じた。
「ベットの中央部に立って、トランポリンを全身で揺らす感じて、跳んでみてください」
「こ、こうね」
 由美は、八日市の言葉をイメージに取り込み、自分の体をそのように動かしてみる。
「!」
 ベットの沈みが強くなり、やがて、自分の身体が押し上げられるような感覚が生まれて、跳ね始めた。
(け、けっこう、むずかしい)
 跳ねる度に、身体の姿勢が傾くような感覚を覚え、由美はその制御に苦心する。思った以上に、高く飛んでいるイメージがあるが、実際のところは30センチも跳ねてはいない。
「身体は反らさないように、視線は3m先ぐらいを見る感じで」
「………」
 八日市の言葉を受けて、それを実践してみると、跳躍後の姿勢に安定を感じた。
「はい、そこまで」
 1分が経ったところで、八日市が由美の跳躍を止める。事前に聞いていたように、膝を折り曲げて衝撃を下半身で受け止めるようにしながら、由美は、自分の身体が浮かばないように、バランスをとった。
「あ、と…」
 思ったよりも強い力が身体に加わって、由美はバランスを崩して、前のめりになってベットの上に両手と膝をついていた。
「大丈夫?」
「え、ええ」
 すぐに八日市が、ラバーの部分に手をかけて、その身をトランポリンのサイドまで乗り上がる。そうしてから両手を由美の方に差し出し、それを手にした彼女の体を支えると、自分の下にゆっくりと引き寄せてくれた。
「あ、ありがとう」
「一度、降ります」
 八日市の後に従って、サイドラバーから、フロアに由美は降り立つ。
「!」
 全身に、かすかな張りを感じた。また、知らず息があがっていて、動悸も小刻みなものになっていた。
 それほど体を動かした覚えはないのに、確かに、短距離をダッシュで走った後のような状態であった。
「身体が宙に浮くと、自然とバランスをとろうとして、力が入るんです。泳いでいるときと、似たような感じですかね」
「な、なるほど」
「今日は、基本のストレートジャンプを、みっちりやりましょう」
「ええ。お願いします」
 桃子が今の二人の様子を見れば、“こんなのデートじゃねえ!”と、間違いなく突っ込みを入れたに違いない。
「いいですね。跳躍の姿勢が、綺麗になってきました」
「跳ぶのが、気持ちよくなってきたわ」
「それは、なによりです」
 しかし、赤坂夫妻が苦笑してしまうほどに、仲睦まじいやり取りがそこには存在していて、由美と八日市の二人は紛れもなく、心を通い合わせている男女だということが、よくわかる光景を映し出していた。


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