『由美、翔ける』-17
「こっちです、柏木さん」
トランポリンの準備等で、先に城東スポーツセンターに来ていた八日市が、バス停に降り立った由美を出迎えてくれた。
“城東スポーツセンター”は、その名のとおり、城東町郊外の広い敷地の中に、ありとあらゆるスポーツ施設が集合している。
大・中・小と、3棟もある体育館を始めとして、野球場、陸上競技場、テニスコート、屋内・屋外・飛び込み専用プールなど、城東町周辺地域で行われる運動大会の全てが、ここ“城東スポーツセンター”を使用して開催されると言っても過言ではない。
「第2体育館が、トランポリンのあるところです。トレーニングルームも併設されていますから、存分に体を動かせますよ」
“体を動かす”と聞いて、顔を赤らめた由美は、全く見当違いの想像をしている。
「ところで柏木さんは、“城女”では、どのクラブに入っているんですか?」
そういえば、八日市には自分がバレーボール部所属である事を伝えていなかった。本当に、男女交際を始めたとは思えないほど、二人は互いに知らないことが多い。ちなみに、“城西女子大学”は、近隣界隈では略称として“城女”と呼ばれている。
「バレー部よ。セッターをしているの」
「へえ! インカレで優勝したチームじゃないですか!」
“すごいですね!”と、細目をいっぱいに見開いて、丸めている八日市の姿に、由美は、可笑しさを感じて、口元に手を当てていた。
「八日市クンは?」
「体操部です。トランポリンを、しているんですよ」
「そうなんだ。だから、ここでアルバイトをしているのね」
「はい」
世間的に、“城東体育大学といえば体操部”だと認知されるぐらい、圧倒的にその部員数が多い。そして、八日市が競技として選んでいる“トランポリン”も、体操部の中に組み込まれているが、他の体操競技とは独立した部門としての区分けがされており、オリンピック経験もある専属のコーチがいて、大会でも好成績を残すなかなかの強豪であった。
「僕は、まあ、“選手”というより“マネージャー”ですかね」
体操部の中で、八日市自身は、そういった選手のフォローに廻る補助員として自分を位置づけている。スポーツ・インストラクターを目指している彼は、表舞台に立つ選手を支える立場から、クラブ活動に臨んでいた。
ここ、“城東スポーツセンター”でのアルバイトも、その一貫なのである。
「おっ、よっくん。そちらの可愛いお嬢さんが、“噂の彼女”だな」
第2体育館に到着するなり、背筋のピンと伸びた、見るからにスポーツマンという青年の出迎えを受けた。その隣には、やはり同じように、小柄だが健康的な体つきをしている女性が立っていた。
「はじめまして、お嬢さん。俺は、ここのインストラクターをしている、赤坂陽太郎とという者だ。それと、こっちは…」
「赤坂の家内で、志保といいます。よろしくね、柏木由美さん」
「よ、よろしくお願いします」
自分の名前を知っているということは、あらかたのことは八日市から聞いているのだろう。
「ごめんね、柏木さん。“トランポリン・トレーニング”は、僕だけでなく他にも補助が必要だから、二人にお願いしていたんだ」
「いいのよ。ありがとう、八日市クン」
由美の希望に、八日市はきっちりとした形で応えてくれたのだ。二人きりでなかったことは確かに、残念な思いもないではなかったが、事故を防ぐためにそれが必要だと聞かされれば、当然のことだと由美は考えていた。