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『由美、翔ける』
【スポーツ 官能小説】

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『由美、翔ける』-16


「壁パンしていい?」
「………やめなさい」
 八日市からの唐突な“告白”を受ける形で、彼との交際が始まったことは、やはり桃子には報告しなければなるまい。それを享けての、桃子の冒頭の一言であった。
「まあ、なんというか、性急な展開になってるわね」
「わ、わたしも、まだ、信じられないというか……」
 あまりにも淡白に始まった八日市との交際なので、由美はどうにも、これが現実なのかどうか、未だに自信のもてないところがあった。
「ズコバコはした?」
「し、してません!」
「え〜、告白してもらったんなら、そのままやればよかったのに」
「はしたないわよ!」
 そもそも八日市とは、あの部屋を通してのやりとりしかないのである。彼が大学でどういった勉強と活動をしているのか、どんなプライベートを過ごしているのか、考えてみれば、由美はほとんど知らないのだ。
 そんな二人が、男女交際を始めたというのは、確かに性急に過ぎるのも否めないが、本当にごく自然に始まった関係だと思えば、これほど相性の良さを感じさせるカップルもいない。
「だから、その、まずは、一緒に“お出かけ”することからしましょうと……」
「……うわぁ」
 由美の休みに合わせて、初めて“デート”をすることになったらしい。桃子は、指を恥ずかしそうに絡めながら、顔を赤らめている由美が、あまりにも初々しくて、とても見ていられなくなった。
「んで、何処に行くのよ?」
 パタパタと手で扇ぐ仕草を露骨に見せながら、聞く。
「城東スポーツセンター」
「ぶっ」
 しかし、何とも色気のない由美の答えに、桃子は噴息せざるを得なかった。
「映画とか、遊園地とか、ショッピングモールとか、そういうとこじゃなくて!?」
「お、おかしい?」
「おかしすぎる!」
 交際を始めた男女が、初めて一緒に出かける場所としては、一般的にはかなりずれている気がする。
「八日市クン、その、“城東スポーツセンター”のアルバイトで、インストラクター見習いみたいなこともしているみたいで…。“トランポリン・トレーニング”もできるって聞いたから、それで……」
 それならとばかりに、八日市にその城東スポーツセンターでの“デート”を所望したということらしい。
 ジャンピング・トスなど、セッターとして、中空での身体のバランス感覚を養うために、その“トランポリン・トレーニング”にかねてから興味のあった由美にとっては、これ以上のない“渡りに船”だったわけである。
「言いだしっぺは、由美、アンタかい!」
 もしこれが、八日市クンからの申し出だったとしたら、すぐにでもそいつの部屋に乗り込んで、ひっぱ叩いてやるところだった。
「……まあ、由美らしいといえば、そうかもしれないけどねえ」
 一気に疲れが押し寄せて、壁パンチをする気力も萎えた桃子。
「せいぜい、八日市クンと、健康的な汗を流すがいいわ」
 テーブルの上に突っ伏しながら、由美に言うのであった。
「………」
 “汗を流す”と聞いて、由美が頬を染めたのは、桃子に散々、艶めいた事柄を聞かされてきた“耳年増”なところが顔を出したものである。
(お、おつきあいするってことは、いつかは……)
 由美が、その思考を飛躍させて、ますます茹で上がっていく。秒間計算で、断片的ながらも持っているその知識をフル回転させ、八日市と乳繰り合っている自分を想像しているのだ。
「なにスケベなこと考えてんのよ」
「そ、そんなことしてないから!」
 ありとあらゆる妄想に耽っていたことを、桃子にしっかりと指摘されてしまい、全力で、全く説得力のない否定に“汗を流す”由美であった。


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