イケナイ関係 side:カツラギタケシ-1
「桂木さん、今大丈夫ですか?」
隣の席に座る粟飯原結子(アイハラユウコ)に話しかけられ、報告書を入力していた手を休める。
「うん。どうしたの?」
「この案件、こういう結果が出てるんですけどおかしいですよね?」
彼女の細い指が指し示すディスプレイを覗きこむ。
「そうだね。もう1回一緒に確認してみようか」
「はい、ありがとうございます」
彼女が操作していたマウスを借りて、詳細を確認する。
「やっぱりこの結果はおかしいな。向こうの試験台で詳しく調べてみたほうがいいね」
「わかりました。やってみます」
人懐っこい笑顔で明るく答えた彼女が席を立った。
彼女が転職してきて3ヶ月。
その笑顔と性格と、物覚えのよさですっかり職場に溶け込んでいる。
試験台にたどり着くまでのわずかな間にも、何人ものオヤジが彼女に声をかけている。
イヤな顔ひとつせず、オヤジどものくだらない冗談にもにこやかに笑って答える彼女の背中。
オレがあの服の下の白い素肌が赤く染まる様を愛で、なだらかなカーブに何度も指を這わせたことがあるなど、誰も想像できないだろう。
誰にも気づかれぬように小さくため息を吐き出し、中断していた報告書の入力に戻る。
年齢層が高いこの職場で、歳が比較的近く、席も隣ということもあり、自然と彼女の教育係を任された。
偶然にも最寄り駅が同じで、一緒に通勤したり飲みにいくようになったものの。
まさかこういう関係になるとは想像もしていなかったけれど。
「桂木さん、やっぱり試験台でも同じ結果が出るんです。すみません、一緒に確認していただけますか?」
戻ってきた彼女がすまなそうに声をかけてきた。
「いいよ」
彼女の頼みを断れるオトコがこの職場にいるだろうか。
一緒に試験台に向かい、彼女が出した結果に目を通す。
「おかしいね。でも粟飯原さんの操作は間違ってないよ」
不安そうに背後からディスプレイを覗きこんでいた彼女に声をかけると、少しホッとしたような顔を見せる。
「もうひとつの方法試してみようか。やったことあったっけ?」
「いえ、初めてなので教えていただけますか?」
「うん。まずこっちの画面にログインするんだけど、IDとパスワードはこれね」
一生懸命話を聞きながらメモをする横顔をさりげなく眺める。
どちらかというと童顔の部類に入るのだろう。
実年齢よりも若く見える。
綺麗にカールされた長いまつげとくりっとした瞳。
オレのモノをくわえこむとなかなか離そうとしない、ふっくらした柔らかい唇。
「ここで検索かけて、このボタンクリックするんだけど」
「はい」
彼女がメモを取りやすいように気を配りながら説明する。
「やっぱりおかしいな。こっちも同じ結果になってる。システムに問い合わせたほうがいいな」
「ありがとうございます。私、問い合わせてみます」
「うん。もし何かあれば対応代わるから声かけて」
「はい、桂木さんにそう言ってもらえると心強いです」
そう言って微笑まれると、たとえ自分の作業が中断されたとしてもやっぱり悪い気はしない。
「じゃぁ解決したらお礼にコーヒーでもご馳走してもらおうかな」
「え?コーヒーでいいんですか?」
「え?じゃぁビールでもおごってくれる?」
「喜んで。あ、今日の夜はお忙しいですか?この前桂木さんが気になるって言ってたお好み焼き屋さん、一緒に行きませんか?」
「いいね。じゃぁ早くそれ片付けちゃおっか」
「はい」
自分のデスクに戻ると早速彼女は電話をかけ、問い合わせる。
その様子を伺いながら報告書の仕上げに取り掛かった。
ほぼ残業のないこの職場が気に入っている。
一緒に職場を出てもからかうような人もいないし。
仕事帰り。
職場から3駅ほどくだった最寄り駅のすぐそばにあるお好み焼き屋にやってきた。
「桂木さん、生中でいいですか?」
「あぁ」
「おにーさん、生中2つー!」
よく通る声で店員を捕まえると彼女がオーダーする。
威勢のいい若い店員が持ってきたジョッキで乾杯すると、豪快に傾ける。
「おいしーっ」
「相変わらず、いい飲みっぷりだね」
「だって仕事上がりの一口目ってサイコーにおいしくないですか?」
「粟飯原さん、意外に中身おっさんだよね」
「はいっ。普段はネコ被ってますから」
あっけらかんと言ってのける、彼女のこういうところが好きだ。
「粟飯原さん好き嫌いないよね。テキトーに頼んで大丈夫?」
「はい、桂木さんにおまかせします」
とりあえずお好み焼き2種類を選んで注文する。
店員に焼いてもらうか、自分たちで焼くか選べるらしい。
「私、焼きますよ」
「できるの?」
「ひどいなー。これでも一応元主婦ですよー?」
店員が持ってきたボールを受け取ると、手際よく具材を混ぜ合わせ鉄板に広げる。
「じゃぁ今度は元主婦に手料理作ってもらおうかな」
「お家デートですか?桂木さんのためならはりきって作ります。何が食べたいですか?」
もう1種類も手際よくかき混ぜながら答える彼女は笑っている。
デート、か。
そういう認識はあるのか。
「何が得意?」
「んー?人並みに一通りはできますよ、たぶん」
「たぶんって」
「だって肉じゃがとか答えたらいかにもっぽくないですか?」
もう一方も鉄板に流し込むと綺麗に形を整えていく。
ぱっと見おっとりとしていて、料理もできなそうに見えるけれど、自分で焼くと宣言しただけのことはある。