イケナイ関係 side:カツラギタケシ-2
「やろうと思えば、ちゃんと出汁も自分でとってお味噌汁作りますし、ホワイトソースもミートソースも自分で作ります。今は自分ひとりだから手抜きしまくってますけどね」
「ホワイトソースか。グラタン食いたいな」
「あ、でもウチオーブンないんで、オーブン買ってからでもいいですか?」
「ウチあるよ。宝の持ち腐れ状態だけど」
「じゃぁ桂木さんちで作りますか?あ、桂木さんの手料理も食べてみたいなー」
「オレはたいしたもの作れないよ?」
ビールを飲みながら、他愛もない話をする。
周りから見たら、オレたちはどう見えるのだろう。
彼女は、オレのことをどう思っているのだろう。
「オーブンかぁ。電気屋さんで買ったら配達とか設置とかしてもらえるんですかね?」
「どうだろ。大型家電じゃないから配送料とか取られるかもね」
「そっかー」
「今度の休みに一緒に買いに行く?車出すし、運ぶのと設置くらいなら手伝うよ」
「本当ですか?お言葉に甘えちゃおうかな?」
さりげなく、休日の約束を取り付ける。
何度かカラダを重ねたけれど、目と鼻の先に住んでいるのに休みの日に会ったことはないのだ。
「いいよ、甘えて。粟飯原さんに甘えられるのは大歓迎です」
「でも私、仕事でも桂木さんに甘えまくってますよね。もう少し自分で処理できるようにならなきゃって思ってるんですけど」
「いや、十分がんばってると思うよ?」
「本当ですか?桂木さんにそう言ってもらえると嬉しいです」
「誉められて伸びるタイプ?」
「はい、ドMですけど」
「知ってる」
目があって笑いあう。
「そろそろひっくり返しても大丈夫そうですね」
「腕の見せ所だね」
「やだー。プレッシャーかけないでくださいよー」
そう言いながらも2枚とも失敗せずに綺麗にひっくり返してみせた。
もう片面が焼ける間も、色々な話をする。
職場のオヤジどもの迷言で笑い、好きな球団こそ違えど共通の趣味であるプロ野球のこととか。
お互い万年Bクラスで低迷しているチームが好きで、時々スマホで試合結果を確認してはため息をつく。
「焼けましたよー」
手際よくソースを塗り切り分けてくれる。
「マヨネーズと青海苔とかつおぶしはお好みで」
そう言いながらお好み焼きを皿にとって渡してくれる。
「ありがとう」
そう言って受け取ると、見せてくれる嬉しそうな笑顔がかわいらしい。
ウチのオヤジどもがほっとかないわけだ。
「熱っ。でもうまいね」
「でしょー?焼き方が上手なんですよ」
ちょっと得意げな笑顔もいい。
「はいはい」
「あ、その反応ひどーい」
拗ねて頬を膨らませるのもいい。
結局のところ、オレは彼女に惚れているのだ。
彼女がどう思っているのかはわからないけれど。
「でもこうやって自分たちで焼いて食べるのっていいね。一人じゃなかなかこういう店入れないし」
「そうなんですよね。また一緒に食べにきてくれますか?私頑張って焼きますから」
「もちろん。でも次は手料理作ってもらおう。これなら期待できるな」
「えー、信じてくれてなかったんですか?」
「だって家事あんまり好きじゃないって言ってたから」
「うん、それは好きじゃないです。でも結婚してたときはちゃんと毎日作ってましたよ?」
時々こうして懐かしむように当時の話をしてくれる。
それほど元ダンナさんとの関係は悪くないように聞こえるけれど、どうして別れてしまったのだろう。
こんな可愛い嫁さんが毎日手料理作って待っていてくれたら、幸せだろうに。
そんな疑問をいだきつつも、確かに彼女が焼いてくれたお好み焼きは美味しくて、一緒に来てよかったと思いながら箸もビールも進む。
結局もう1枚追加して、それも彼女が焼いてくれた。
「お腹いっぱーい」
「粟飯原さん、ほとんどビールでお腹いっぱいにしたんじゃない?」
弱いわけではないけれど、すぐ顔が赤くなるらしい。
ジョッキ3杯あけた彼女の頬は真っ赤だ。
「そんなことないですよー。けっこう食べましたよ?桂木さんお腹いっぱいになりました?」
「うん。ベルトの穴ひとつずらしたいくらい」
「じゃぁ脱いじゃいます?」
いたずらっこのような目をしてオレの耳元に唇を近づけて囁く。
「ここで?」
「まさか。ここでやったら捕まりますよ?」
「まぁ確かに。そろそろ行く?」
「どこに?」
「ウチか、粟飯原さんち?」
ちょっと考えるような表情を浮かべた彼女は、またオレの耳元に囁く。
「ラブホは?」
「…いいよ」
「じゃあいきましょうか?」
にこやかに笑う表情は、職場で見る笑顔よりも妖艶で。
伝票を持って立ち上がる。
「オレ払うよ。ほとんどオレが食ったんだし」
「今日は私の驕りっていったじゃないですかー」
「本当にいいの?じゃぁ、お言葉に甘えて」
「桂木さんに甘えてもらうの、大歓迎です。いっつも甘えさせてもらってるんですから」
彼女が会計を済ませるのを待って、一緒に外に出ると、ふと彼女が立ち止まる。
「どうしたの?」
「…手、つないでもいいですか?」
上目遣いでその訊き方は反則だろう。
答える代わりに彼女の華奢な右手の指に、自分の左手の指をしっかりとからませて歩き出す。