投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

王国の鳥の最初へ 王国の鳥 106 王国の鳥 108 王国の鳥の最後へ

アールネの少年 1-7


 エレヴ公子は幼い頃からその手の物語が好きなようだったが……いったい誰に似たものだろう、と彼は内心首をかしげた。
 考えうるのは次兄セラだが、彼はこの館に住んでおらず、エレヴに対しては過剰とも思えるほど丁重に接している。趣味嗜好に影響を与えるほどの付き合いがあるとは、あまり考えられなかった。

「エイ。まじめに聞いていませんね?」

 少年は口をとがらせて不満げな声をあげた。

「わたしは心配しているんですよ。近ごろお顔の色が優れないから。遠征ばかりでお疲れなのでしょう」

 さらに何か言い募ろうとした彼は、エイの驚いた顔に気付いて首をかしげた。

「何です?」

「いえ。今日はずいぶん心配される日だなあと……」

 モルに関しては、晩餐の席でのやりとりを思えば疑わしいところだが、と考えながらエイは応えた。

「叔父上も叔母上も、同じように気付いているんですよ。なぜ父上は気付かないのかな」

 エレヴは一人憤慨してそう言った。

「父上はエイをもっと大事にするべきなのに、」

「僕の体調には何も問題ありません。顔色が悪く見えるとしたら気のせいですよ」

 彼の不用意な言葉を、エイは意識的に遮った。
 私室とはいえ、誰が聞いているかわかったものではない。

「厳密には、顔色というよりも……」

 エレヴ公子は彼の顔を見ながら考えこむように腕組みした。

「心ここにあらずというお顔です。なんというのかな……ネズミにでもひかれそうな」

「ね、ネズミ?」

 エイは反射的に足元を見回した。

「ネズミもお嫌いでしたっけ」

 彼の反応に、エレヴ公子は小さく笑った。

「不思議ですね。馬や伝令鳥は平気なのでしょう?」

「馬や鳥はまあ……噛みませんし……懐いてくれますし」

「そうそう、動物には好かれるたちなのに」

「飼育獣はそこまで苦手じゃありませんよ。ダメなのは虫や蛇とカエルとトカゲとネズミくらいで……」

「その手が得意な者も少ないですけどね」

 エレヴ公子は苦笑した。

「気持ち悪いからと嫌うのはわかるけど、エイの場合は怖いと言うでしょう。だからおかしいんですよね。剣を持てば誰よりもお強い人なのに」

「か、買いかぶりすぎです」

「何がそう恐ろしいのですか。 鳥や馬は噛まないから怖くないというなら、カエルだって噛みはしないでしょう」

 確かにそうだ、とエイは頷いた。
 とはいえ、噛むから、というのはなぜ怖いのかと幼い日にしつこく追及され、困った末に考えついた理由である。
 本音をいえば、馬も鳥もまるきり平気なわけではない。必要にかられて、平気なふりをできる程度に克服はしたものの、エイ自身にも恐怖症の本当の正体はわからなかった。
 ただ、姿を見ると、名を聞くと、気配を感じると身体がすくみ、震えがおこる。

「足元をよく見て歩けば、誤って踏んで噛まれることもないですよ」

「……そうですね。気をつけます」

 いたって真面目な、幼子相手にするような忠告に、エイはおとなしく頷いた。

「気をつけていただきたいのはそんなものより、ロンダ―ンです」

 エレヴ公子は握り拳つきで力説した。

「空想ごとといってバカにしたものではないのです。父上でさえロンダ―ン王家対策に魔法使いの登用をお考えの様子なんですから」

「え…」

 エイは驚きの声をあげた。リアは前述の通り、見えぬ力には懐疑的だ。

 彼に限らずアールネ公は、代々、我が剣の他に頼みとするところはないという気風だったようで、魔法や魔族については武力としての研究をされた記録はあるが、さして役には立たないと結論されている。

「少し前に、魔法使いが父上のもとを足しげく訪れていたのです。はっきり公言はされませんが、すでにひそかにお使いのふしもあるようですよ」

 エレヴ公子は声をひそめて、どこか楽しげにそう告げた。


※※※


王国の鳥の最初へ 王国の鳥 106 王国の鳥 108 王国の鳥の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前