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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 1-5


「体調が悪いのならば、リアにちゃんと言いなさい」

「え……」

「万全でないものが戦場にいても邪魔になるだけです。駒の管理は将の責任なのだから、お前が失態を犯せばそれはリアの失策になるのよ」

 体調は別に悪くない、と返事しようと開いた口は、モルに完全に無視されて結局何も言えずに閉ざされた。

 内容如何よりも、モルの口調の変わらぬとげとげしさに、エイはいつものように萎縮して黙り込んだ。
 顔を伏せた彼に、モルが苛立ったように何か言い募ろうと口を開く。

「姉さん、それくらいにしておいてあげなさい。エイが困っています」

 穏やかな、苦笑を含んだ声音で口をはさんだのは、次兄のセラだった。

 先代アールネ公の妾腹の息子は、顔立ちは異母兄姉にそれほど似ていないものの、同じような金髪と空色の目をしている。
 十五歳年上の次兄の、猛々しさのない柔和な面差しに、エイは少しほっとしてモルから一歩退いた。

 モルはちらとセラに目を遣ったが、すぐに何事もなかったかのように……まるで、そこに誰もいなかったかのように、視線を戻した。

「……エイ。次の派遣命令は辞退なさい」

「え? それは、」

 いっそう低められた冷たい声に、エイはたじろいだ。

「それはリアの決めることですよ、姉さん。……ご存じのとおり」

 セラは今度こそ、モルとエイの間に文字通り割って入った。弟を背にかばうように姉に相対する。
 モルは出された兄の名に押し黙ったかと思うと、そのままふいと踵を返して立ち去った。

 妾腹の弟を、彼女は常にいないもののように扱った。気に食わないという意思表示すらしようとしない。
 異母弟といえばエイも同じ立場なのだが、彼の母親は最初の公妃の死後迎えられた正妃であり、モルにとっての意味合いは少し違うようだった。

 居たたまれずに立ちつくすエイに、彼はやれやれと肩をすくめてみせた。

「相変わらずだな、あの姉上様は」

 諦めと、一抹の寂しさの透けて見える笑みだった。
 エイにとっては一番見慣れたこの兄の表情だ。

「すみません、セラ兄さん」

「何を謝る。モルの傍若無人の被害者友の会員として当然のことだぞ」

「ひ、被害者?」

「会員は、わたしとお前だけだが」

 セラは冗談めかして言った。
 いやモルの旦那もかな、などと平気そうに嘯く様子に、エイはかえって表情をかたくした。

 エイはこの次兄が、兄姉と甥にひどく注意深く接するのを、幼い頃から知るともなく知っていた。口答えすることなどめったになかったのだ。特に先代アールネ公の死後、彼の立場はとても微妙なものだった。

 ふと顔を上げると、セラは呟くように言った。

「またすぐに、戦場へ赴くのだろうな」

「まだ何も聞いてはいませんが……たぶんそうだと思います」

 エイは小さく応えた。
 そうか、とセラは頷いた。

「わたしには、お前の無事を祈るくらいしかできないが」

 彼は情けなさそうに肩を落とした。
 芸術家肌のこの兄は、とにかく軍事に関わりたがらない。また彼の立場では、たとえ本気でエイの身を案じていたとしてもリアの決めることに反駁はできないだろう。

「セラ兄さん……いいえ、気にかけていただけるだけで十分です」

「モルも珍しくお前を心配しているようだからね」

 思いもかけぬ言葉に、エイは驚いて目を瞠った。

「心配……モル姉さんが? 僕をですか?」

「わかりにくかっただろうが」

 疑わしげなエイに、セラは苦笑した。

「こっちは長い付き合いだからな。あれはああ見えて情の深い女なんだ。……そこが、リアとは違う」

「なぜ、心配されるんでしょうか」

 ピリカでも南部でも怪我はしていない。無駄に丈夫に生まれてきたおかげで、ろくに風邪もひいたこともない、手のかからない子供だった。
 怪我に限らず、戦場の過酷さにあてられて寝食に障りの出る兵士はどの戦争でも出るものだが、エイにはその経験もない。

 心配される理由にまるで思い当たらず首をかしげた彼に、セラはなぜか驚いたような顔をした。

「……自分では気付いていないのか」

「え?」

 セラはひどく痛ましげに目を細めた。自分は普段どおりなのにと、エイは困惑した。
 彼の困惑に気付いてか、セラは表情をやわらげた。

「義母上が存命ならばな。リアも家長としてもう少しお前の様子に気を配っただろう。……この館には似つかわしくない、物静かな、お優しい方だったよ。お前の気質はあの方に似たのだろうな」

 出された名に、エイは知らず目を伏せた。

 この、気性の穏やかさのために、エイは兄姉の中ではこの兄に一番懐いていると言ってよかった。
 だがそれも、ろくに口もきけぬ長兄や長姉に比較したらの話だ。
 彼が好んでエイの母親の話をするときには、逆に一番苦手な家族になった。
 エイを出産後すぐに、若くして亡くなったという先代アールネ公の二人目の妃を、思春期にあった次兄がどう思っていたかが、語る口調や自分を見る眼差しに、何となく透かし見えるのだ。
 彼はあいまいな表情でただ頷いたのみだった。


※※


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