思い出が嬉しくて-1
『散歩道』
澄み切った空気の中、頬を撫でて通る風は爽やかで、とても気持ちがいい。
過ゆく季節を感じながら、歩く土手の上は賑やかで、わたしも大好きである。
走ってくるスポーツマン、犬を連れた女の子、買い物帰りのおばさん達の井戸端会議。そんな光景が一つ、又一つ。
町は次第に変化して行くけれど、わたしの気持ちは変わらない。変えずに居たい。
視線の先に広がった、青い空は変わる事無く眩しくて、何だかとっても嬉しくなった。
『釣り』
澄みきった青空の下、心地よい清流の音に耳を澄ませていると、何処か遠くへ置き去りにしてきた物を思い出す。
それは遠い過去の思い出なのか、遥か未来へのわたしの夢なのか。
波間に見え隠れする銀鱗(ぎんりん)に眼を奪われたまま、わたしの身体も自然の一部になると、頭の中も真っ白に染ま
っていた。
『縁側』
暖かい日差しに誘われて、縁側で庭木を眺めてみる。
側(かたわら)には、少し温くなったほうじ茶と、濃い口醤油だれせんべいが2枚。
ここはわたしのお気に入りの場所、取って置きの自由席。
そしてお隣さんは指定席、ずっと先まで予約済みの指定席。常連さんの子猫が一匹。
『大好きなもの』
「だから言ったのに!」
そう言って怒るお姉ちゃん。美人で背が高くておっきな眼がクリクリしてて、大好きなお姉ちゃん。
そんなお姉ちゃんが怖い顔して怒ってる。
わたしは泣きそうな顔を俯かせて「だってぇ〜……」と声を絞りだす。
お姉ちゃんが ”バシンッ”とテーブルを叩いた。
わたしは ”キュッ”と眼を瞑る。
恐る恐る眼を開けると、目の前に大きな苺が一つ。小さな金色のフォークに突き刺して、お姉ちゃんがわたしの口元へと、
近づけてくれた。
わたしはおっきな口を開けて、苺を頬張る。
甘くって、すっぱくって、冷たくって、美味しい苺。
「だから言ったのに。苺のショートケーキにしなさいって」
わたしは満面の笑顔で頷いた。
苺が無くなったショートケーキ、お姉ちゃんと半分こ。
わたしのチーズケーキも、お姉ちゃんと半分こ。
『思い出が嬉しくて』
久方ぶりに降り立った駅。あの頃が懐かしい。
セーラー服のカラーを翻(ひるがえ)して、駆け足で通り過ぎたあの頃。
今は誰も居なくなった改札を、ゆっくり、ゆっくり通り過ぎる。
代わる事のない町並みが、丘の上の学び舎まで、ずっと伸びていて、あの頃と少しも変わらない。
白いスニーカーを履いて、勢い良く駆け上がったあの頃。
今は、ちょっぴり背伸びして、履いて来たハイヒールが痛い。
誰も居ない学び舎の前で、少し大人の振りをして、想い出に浸る。
みんな昨日の事のよう。
不意に誰かが私を呼んだ。
振り返って見詰めた先に、すっかり大人に成った彼がいた。
あの初々(ういうい)しかった面影を、凛々しさと逞しさで覆い隠し、生まれ変わった彼が居た。
けれども、優しい笑顔はあの頃と変らない。
わたしは、足の痛さも忘れて、彼の元へと駆け出していた。