みんな我慢が足りないんです!-1
「ご、ごめんね風音ちゃんっ すっかり遅くなっちゃって!」
「…………」
雫と別れたあと、僕は急いで食堂へと向かうも、
そこにはすでにひとり黙々と料理を作る風音の姿があった。
「あ、今日は肉じゃが? それじゃぁ僕はじゃがいもの皮でも剥くね?」
「…………」
そう言うと僕は手を洗い、ボールの中からじゃがいもをひとつ取り上げると、
いかにも不器用そうな手つきで、ゆっくりとそれを剥きはじめた。
「は、はは…… 何度やっても上手く剥けないなぁ……」
「…………」
「あ、もういくつか剥いてあるんだ?
相変わらず風音ちゃんのは綺麗だなぁ…… さすが実家が料亭だけあるね!」
「…………」
僕はまるで風音の機嫌を伺うように、必死で言葉を紡いでいくも、
変わらず風音は口を閉ざしたまま、一向に会話をしようとはしてくれない。
ちなみにここ花咲女子寮では、寮生がそれぞれ週替わりで食事当番を担っているのだが、
僕は管理人という立場もあってか週に一度で構わないとされている。
けれども、その優遇された状況にも関わらず、
今日はこうして当番の日に遅刻してしまったのだから、
風音でなくとも怒ってしまうのは無理は無い話だ。
「あの………… ご、ごめんね? やっぱり怒ってるのかな?」
そう呟きながら恐る恐る顔を覗き込む僕を見て、
大きな溜息ひとつ、ようやく風音が口を開いてくれた。
「はぁ…… 別に怒ってなんていませんよ?」
女の子にしては少し低めながらも、
滑舌のよいいつもの風音の声がようやく僕の耳へと届いた。
滝川風音は雫と同じ学校に通う十七歳の高校三年生。
品行方正、成績優秀、見るからに委員長然としたその外見に違わず、
学校では満場一致で生徒会長を任されてしまうほどの人格者だ。
なので規律や時間にはとても厳粛、
どんな理由であれ約束事に遅刻するなど最も怒りを買う行為なのだけれど…………
「あ、あのね、遅れたのは忘れていたわけじゃなくて………… その…………」
「いいですよもう………… どうせまたいつものように…………
積木さんか雨宮さんにカウンセリングを迫られでもしていたんでしょ?
…………あ、それが終わったら人参もおねがいしますね?」
そう言っては黙々と食事の準備を進める風音。
こんな感じでいつも風音は、この寮内での僕の振るまいにおいて、
不思議なほどに寛容な姿勢で接してくれている。