ネメシスの嘆き-1
「――結局、二人は最後まで海底城から逃げ延びました。身体が朽ちる瞬間まで、危険ながらも幸せな人生を送りましたよ」
「そりゃ良かった。主たちは悔しがっただろうな」
考古学者はホッとして、差し出されたグラスの酒を一口飲む。
まだ若い学者は、背が高く引き締まった体つきをしていた。
世界中の遺跡探索を生業としているせいだろうか。くっきりした剽悍な顔立ちには、知性と野性味がほどよく調和したいる。
グラスには考古学者の瞳と同じ、琥珀色をした酒が満たされていた。
飴色に磨かれたカウンターで、考古学者はバーテンダーの話に聞き入っていた。
魔法がすっかり稀少になり、科学が主流となったこの時代に、未だ店内を照らすのは電気の代わりに魔法灯火だ。
小ぢんまりとした酒場は、床もテーブルもピカピカに磨かれ、大都市の喧騒から切り離されたような、ゆったりした瀟洒な雰囲気が流れている。
とても解りづらいところにあるせいか、他に客はいない。
考古学者だって、突然送られてきた招待券に興味を惹かれ、同封の地図を頼りに探さなければ、見つけられなかっただろう。
もう何時間も、バーテンダーの話を聞いている気がするが、いつまでたってもグラスは空にならないし、酔いもしない。
壁の時計も動いているのにちっとも進まない。まるで店内の時が止まっているようだ。
「それはもう。特にツァイロンは、痛手から立ち直れませんでしたね」
金髪をぴっちり後ろに撫で付け、同色の口ひげを生やした中年のバーテンダーは、大層話上手だった。
どこか爬虫類を思わせる目で、遠くを眺めるように壁を見つめ、はるか古代の出来事を、あたかも全て見てきたようにスラスラ話す。
その後、ストシェーダとジェラッドは、リザードマンの制御薬を共同開発し、凶暴なトカゲは大陸からほぼ一掃されたこと。
アレシュとカティヤに子どもが出来ると、メルキオレはさっさと引退して王位を渡し、リディアと静養地に移住したこと。
若い頃から簡易的な王座に縛られていた二人は、塩の産地であるのどかな海辺で暮らすのが夢だったそうだ。
さらにバーテンダーは、他の事も話してくれた。
海底城の実験施設は各地にあり、人狼・エルフ・ドワーフ、などの亜種も、全て海底城が放置した作品たちの子孫だということ。
東の島を丸ごと実験場にし、蛮族に蟻の遺伝子を組み込んだ、白銀の髪と赤い瞳の人々を造ったりもしたこと。
「やがて長い時の末、海底城は限りなく不老不死に近い生き物を何種類か作り出しました……」
バーテンダーの声は、音楽のように流れていく。