ネメシスの嘆き-4
「……金トカゲの落ちた日が昨日に思えるくらい、気の遠くなるほど昔のことです」
――はるか空の何もない空間で、一匹の生物が自分の存在に気いた。
どうして彼が産まれたのか、彼自身にもわからない。
気付いた時にはただ独りで、暗い宙を漂っていた。
しばらく後、彼はその身に持っていた力を使い、一つの星を造ろうと思いたった。
作り上げた星を水で満たし、大地を作り、陽の光がうまく当たるようにし、植物をはやし、様々な生物を作った。
中でも気に入ったのは、人間という生物……。
人間は彼をみる事はなくとも、存在を感じ、『神』と呼び崇め感謝し、祈りを捧げた。
しかし時には、自分の願いを叶えてくれない、助けてくれないと罵った。
彼は悩み困惑したが、一人の願いを叶えれば、別の人間が逆の事を願う……全ての願いを叶える事は不可能だった。
無数に増えた人間達は、一人残らず自分から生み出されたもので、どれも平等に愛しかったから。
人間達は常に争い、そこにはよく神の名前が掲げられた。
『神の名の下に』自らの正義を主張し、自分達が区分した他の人間と殺しあった。
辛かったが、それでも彼はやはり、誰か一人を味方する気になれなかった。
人間は進歩し、科学を発達させ、争いの規模もそれに伴い大きくなっていく。
ついには膨らみすぎた争いで、世界中の人間が死に絶えた。
荒廃しきった大地は血に染まり、硝煙と死体の焼ける匂いがたちこめていた。
溜め息をついて星を見下ろした彼は、ふと一人の女性が生き残っているのに気付いた。
類稀な才能を持つ女性だったのを、彼は知っていた。
貧しい国に生まれ、革命軍を率いて政府と戦い、実質的な指導者になると、今度は祖国を守り他国と戦った。
『同胞の無念を晴らそう。血は血で贖いを』
彼女の演説は、必ずこのセリフで締めくくられていた。
|復讐の女神《ネメシス》
本名ではないが、彼女はそう呼ばれていた。
蠢く彼女は、この星で最後に残ったのが自分だと、気づいてはいないだろう。どのみち彼女の命も、後わずかでつきる。銃弾は彼女の内臓をいくつも打ち抜いていた。
血と泥がこびりつく、かわいてひび割れた唇で、ネメシスは呟いた。
「神さま……あなたはひどい……」
彼女が生まれて初めて吐いた、神を呪う言葉だった。
とても信心深かい女性で、1日たりとも祈りをかかさなかったのも、彼は知っていた。
欲や悪を憎み、自らの信念を貫く、純粋すぎるほど正直な人間だったのを、知っていた。
「あなたを信じた人間を、だれひとり助けてくれなかった……」
もう見えない虚ろな瞳から涙を流し、ネメシスは呪詛を吐く。
「力が……わたしたちにも……あなたのような力があれば、こんなことには……」
この星に生きた最後の生き物は、金トカゲの紋章を彫った愛用の銃を手にしたまま、命に終わりを告げた。
ネメシスの遺体を前に、彼は考えこんだ。
どこで間違ったのだろう?
皆を愛していたから、誰の肩も持たなかっただけなのに。
もし自分と同じ力を人間たちに与えていたら、全ては違っていたのだろうか?
彼は疲れ、寂しかったのだろう。
真の不老不死である身は、永遠に滅ぶことなく、自ら命を断つことさえできなかった。
その目には、他の生物の死がひたすら焼き付いていた。
やり直してみようと、彼は思った。
滅んだ星を焼き尽くし、新たに創った星に一つの大陸と無数の島を作った。
水を満たし、植物をはやし、前と同じ生き物たちを再び作った。
できたての人間はまだか弱く、火を起こすのもやっとで、常に空腹だった。
彼は自分の体を半分にわけ、巨大な金のトカゲへと変えて、大地に落とした。
新たな人間たちとの、初めての接触。
半身を貪る者たちに、彼は期待した。
彼の力を持たなかった時でさえ、爪も牙も持たなかった人間たちは、非力な身から逞しい繁殖力と、類稀な知恵を発揮し、全ての生物を滅ぼす強者にまで登りつめたのだ。
願ってやまなかった。
半身を取り込んだ彼らの中から、いつか自分と同じ生き物が誕生するのではないかと。
どれほど頑張っても、彼は自分と同じ存在だけは作れなかったから。
彼の密かな渇望を叶えてくれるよう、人間達に祈った……。