鉄格子の向こう側 *性描写-5
それ以来、エリアスに色々と話しかけるようになった。
エリアスは相変わらず、基本的に無表情だが、ちゃんと名前を呼べば振り向く。普通に話しかければ返事もする。
屍の仮面から、ふとした折に生きた顔を覗かせる。
それに気付いて、もっと見たくなった。
ただ、笑ってくれることはなかった。
皆に振りまくソツない笑顔さえ、ミスカに向ける事はなく、迷惑そうに顔をしかめる。
(でもまぁ……良いか)
屍の笑顔より、生きている怒った顔のほうがいい。
そんなことを考えながら、今日の食事についてきた苺を摘み上げる。
「エリアスの大好物。やろうか?食ってニマニマしていいぜ」
ピクリと、エリアスが眉をしかめた。
自分の苺を食べる時は、わざわざミスカに背を向けていたけど、『頬の筋肉が弛緩する』のを隠しているのだと、一目瞭然だ。
「結構です!」
真っ赤になった顔に笑い転げながら、ミスカは自分の口に苺を放り込む。
不思議だった。
生きた顔を見せるエリアスの傍なら、パンもリンゴも野菜も魚も、ちゃんと味がする。
中でも苺は、とびきり美味かった。
ツァイロンが部屋に来たのは、数日後のことだった。
ミスカは座り込んだまま、黙って造り主を眺めた。残忍で神経質そうな顔も、東風の衣装や髪型も、やっぱりなにもかもが気に喰わない。
先々週に来た時は、思い切り罵詈雑言を吐いてやったが、今日は一言も口を開かない。
本当は言いたかったが、エリアスといるのが面白くなったから、やめておいた。
「どうした。今日はずいぶんと大人しいじゃないか。他の主たちから聞いたが、エリアスがずいぶん気に入っているようだな」
ニヤニヤ笑うツァイロンの糸目が酷く腹立たしかったが、ミスカは顔をしかめただけで、黙っていた。
ツァイロンは満足そうに頷き、寝台の端に腰掛けた。
足元にひざまづいたエリアスの髪を、くしゃくしゃと撫でる。
「駄目で元々だと思っていたが……エリアス、上出来だ」
「光栄でございます」
エリアスは俯いていたから、ツァイロンには見えなかっただろう。
けれどミスカからは、エリアスの横顔が見えた。
苺をほお張った時より、何百倍も幸せそうな……蕩けそうな笑みが、一瞬だけ浮かんだのを。
「……降参」
ミスカの声に、ツァイロンが顔を向ける。
「降参。大人しくします……ツァイロン主さま」
両手をあげ、ミスカはもう絶対に口にしたくなかった呼称をつけて、ツァイロンを呼ぶ。
これでエリアスは、廃棄される事はないだろう。
でも、助けてやりたいなんて、上から目線の同情じゃなかった。ミスカが自分で望んで、エリアスに生きて欲しかった。
「ホゥ……物分りが良すぎるのも不審だな。何か企んでるのか?」
「別に?不安だったら、ご褒美目当てにしときますよ」
エリアスを指差す。
「大人しくする代わりに、エリアスを抱きたい」
あの蕩けそうな笑みが、魔眼に刻まれ離れない。
焼きついた無数の死より、もっと強烈で、綺麗で……欲しいと思った。
何を引き換えにしたって欲しいものを見つけた。