鉄格子の向こう側 *性描写-13
二回目はうまくいった。
保管部屋の開け方を知り、ミスカは慎重に時期を待った。
ツァイロンを巧く誘導しなければならない。他の誰でもなく、エリアスにミスカを始末させるように……それ以外の選択肢を与えないようにしなければ。
最適な瞬間を待ち続け、ある日の午後、ついに保管部屋を開け、命のかけらを全て開放した。
いっせいに飛び込んできた己の命に、作品たちは皆仰天し、主たちは必死で取り戻そうとした。騒然とする城内で、ミスカは身体を竜化させ、暴れまわった。
わざとケガを受けようとする必要もなく、怒り狂ったツァイロンは、ついに本気でミスカを殺しにかかった。
ミスカの方でも、ツァイロンを殺してやりたかった。
エリアスにあんな酷いをしておきながら、それでも求められるコイツが、妬ましくて仕方なかった。
捨て身で戦えば、殺せたかもしれない。
だが、ミスカもツァイロンも、どちらもここで死んではいけないのだ。
(――悪いな)
他の作品たちに、心の中で詫びる。
彼らが大なり小なり抱えていた、逃げたいという密かな願いを、中途半端に煽り立てて利用した。
そのうえで水盤を叩き壊し、彼らの希望を断ち切った。その前に逃げられたのは、わずか数人だ。
巨大な竜に変化した身体で、結界の膜へ力任せに何度も体当たりする。
ミスカの全身を痛めつけながらも、膜はついにその身体を通り抜けさせ、すぐ塞がった。
暗い水の中を必死で泳ぎ、ようやく海面へと飛び上がった。
水しぶきをあげ、上空へ飛び出したミスカの周囲で、くっついてきていた命のかけらたちが四散する。 エリアスの命も、ミュリエルの命もその中にあるはずだ。
しかし、この無数のきらめきは、ほどなく海底城に戻るだろう。
海底城を敵に回し、逃げ延びるのはどれほど困難か、誰しも知っている。
ミュリエルなどは、今の生活になんの不満ももっていないし、エリアスも……。
喜んで自分から、ツァイロンに命を返すだろう。
想像以上にまぶしい本物の太陽に、感動する気分にすらなれなかった。
塩水につかった傷口はヒリヒリ痛むし、心はそれ以上に重苦しく痛い。
痛む翼を必死で動かし、あらかじめ調べておいた最適な場所へ飛ぶ。
第十七実験場跡へ。あそこなら人目につかず、しかもエリアスが一番近い。
(エリアス……お前をいっぱい喰わせてもらったから……)
抱いた身体はいつだって美味しくて……。
散々食べさせてもらったから、今度はエリアスが食べる番だ。
ミスカを喰らい尽くし、飢えを満たす番だ。
――実験場跡で待っていたミスカへ、ツァイロンの命を受けたエリアスは、すぐやってきた。
「ミスカ……わたくしに、あなたの、命を、ください」
ぎらつく陽射しの中、飢えた顔でエリアスが強請る。
もっと嬉しそうに、ためらいなく殺すと思っていたのに、とても苦しそうに……。
(やれやれ、そんな顔されたら、期待しちまうだろ……)
選んでもらえるはずなんか、ないのに。
ミスカだって、エリアスに散々酷いことをして、傷つけたのだ。
欲しいものが手に入らないなら、代わりのものでも良いと思っていた。
泣き顔だって構わないと……ずっとそう思えれば良かったのに。
やっぱり、ほんの一瞬だけ見た、あの蕩けるような笑顔が忘れられない。
あの顔を向けられるのが自分でなくても、エリアスが心から笑えるなら、それでもういい……。