34 塩の花嫁-3
あわただしい数週間が過ぎた。
いくら竜騎士でなくなったとはいえ、即座にゼノへは行けず、カティヤは修復の手伝いをしながら、アレシュとともに飛竜公国の養父母へ全てを告げ、ストシェーダの国王夫妻とも謁見をすませた。
謁見用ドレスや、結い上げた髪で過ごす事も多くなり、慣れない頃は鏡を見るたびにぎょっとしたが、次第に慣れてきた。
養父母の反応はベルンの言ったとおりで、寂しがったものの、万一は覚悟していたと涙混じりに告げられた。
ストシェーダの国王夫妻は、あの丘での一部始終を見ていたぶん、そう驚きもしないで喜んでくれた。
ただしリディア王妃は、アレシュを見るやいな、走りよって軽く頬を引っぱたいた。
「私達にだって、貴方は大事な弟で息子なのよ……もっと信用して欲しいわ」
決して怒らない聖母と評判の王妃は、涙目で眉を吊り上げる。
「はい……」
はたかれた頬に片手をやり、アレシュは目を丸くしたまま呆然と答えていた。
その様子に、カティヤの口元もほころぶ。
里で危険な真似をして、何度も養父母に叱られた。
大事だと思われなければ、叱られる事もないのだ。
バンツァーは里で、飛竜と竜騎士たちの眠る丘に葬られた。
アーロンとリクハルド、二つの墓標を守るように、後ろへ立った新しい墓標へバンツァーの名が刻まれる。
騎士仲間を始めジェラッドの友人達は、カティヤの送別会も開いてくれた。
ジェラッド城の食堂は賑やかな宴席となり、城の人々は竜姫との別れを惜しみつつも、新たな人生の門出を祝福してくれた。
「シュテファーニエの奇跡を、まさかこの目で見れるとは思わなかった」
カティヤの数奇な生い立ちを、友人の近衛騎士がそう笑った。
「なんとまぁ、おそれ多い言われようだ。私は運が良かっただけだよ」
カティヤは苦笑する。まったく、気恥ずかしくてたまらない。
奴隷の身分から竜騎士を経て、大国の王子へ嫁ぐのだ。
陽気なジェラッドの国民が、この話題に食いつかないわけがない。まさに第二のシュテファーニエと、城内外を問わずに噂はとどまるところを知らず広がっていた。
宴席にはキーラも参加し、隣りに座っていたエリアスに詰め寄っていた。
「そうだ!いっそカティヤの代わりに、アナタがこっちへ来るのはどう?錬金術ギルドのお給料は、悪くないわよ」
真顔のとんでもない提案に、ちょうど酒を口にしていたエリアスは、派手にむせこんだ。
「けほっ!けほけほっ!!も……申し訳ございません……わたくしは……」
「あの戦車、乗りこなすのが大変って不評だし、改良を考えてるのよね。エリアスは運動神経こそいまいちだけど、根性はあるから……」
「謹んで辞退させていただきます。命があったのが、未だに不思議なほどです」
青ざめた顔で、エリアスはキッパリと拒否する。
「あら残念。それにまぁ、アレシュ王子が貴方を手放しそうにないわね」
キーラにちろりと視線を向けられ、アレシュは頷く。
「錬金術ギルドの発明品全てと引き換えでも、これほど頼りになる側近は渡せないな」
「はぁ……アレシュ王子は欲張りね。こっちは塩で我慢したっていうのに」
キーラのぼやきに、またどっと笑いが沸き起こる。
カティヤも目に涙が浮かぶほど笑ってしまった。
ジェラッドの女騎士を引き抜く結納金として、アレシュが贈ったのは、バンツァーの目方と同じ量の最上級岩塩。
金貨に換算すれば、何万枚になるか、検討もつかない値打ちだ。
『塩の花嫁』
近い未来、『竜姫』に変わる新たな呼び名を得ることを、カティヤはまだ知らない。