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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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34 塩の花嫁-2


「カティヤが選んだなら……寂しいなぁ……ナハトぉぉ……っ!!!」

「きるるる……」

 号泣するベルンの背を、ナハトが首でこすっている。

「やれやれ……ジェラッドの有望な女騎士が一人いなくなったな」

 ユハは残念そうに肩をすくめたが、顔は上機嫌にニヤニヤ笑っている。
 エリアスも整った顔に、静かな微笑みを浮べていた。

「それではアレシュさま、早々に飛竜公国へ挨拶に伺わなくてはなりませんね」

 穏やかながら冷静な言葉に、カティヤはハッと顔をあげた。

「そうだ。父上と母上は、許してくださるだろうか……」

 帰省しそびれた後、里の養父母へ手紙は書いたが、アレシュとの事はぼかしてしまった。
 ところがベルンは、まだ目端に残る涙を拭い、意外なセリフを口にした。

「寂しがるに決まってる。だがカティヤが元はストシェーダの出身だと、里に住み始めてすぐ解っていたからな……まさかアレシュ王子の婚約者だったとは思わなかったが」

「え……?どうして私がストシェーダにいたと……」

 義父母はずっと、カティヤの出身地はわからないと言っていたのに……。
 カティヤをはじめ、アレシュたちが驚きの顔を浮かべる中、ベルンは気まずそうに説明する。

「覚えていないだろうが、里に来たばかりのお前は、雨具を知らなかった。季節が自然に移り変わることも」

「あ……」

 懐かしい、飛竜の里の光景が蘇る。
 目も眩むような深い渓谷。大空を飛ぶ竜たち。大きな風車がついた家々。
 魔法具の風車は、回るたびにエネルギーを蓄積し、さまざまな事に活用できる。
 飛竜と人間が快適に共存するための、珍しい設備や道具の数々……。
 長の養女として暮らし始めた飛竜の里は、見るもの聴くもの全てが新鮮で驚きと刺激に満ちていた。

 小さな思い出が蘇っていく。
 様々な事を覚える中、養母に傘の使い方を教えてもらったこと。養父の飛竜に乗り、谷間の葉が毎日少しずつ色を変えていくのに感動したこと。

 雨や季節の移ろいは、当たり前な自然の現象。飛竜の里の特権ではない。
 大陸でその当たり前が通用しないのはただ一つ、ストシェーダ王都のみだ。

「だが俺も親父達も、お前の身よりをストシェーダで捜そうとはしなかった……本気で探していたら、すべてはもっと早く解っていたかもしれない」

「それは……拾われた時、私が殺されかけていたから……危険だと思ったのだろう?」

「それもある。だがそれ以上に、カティヤはもう家族の一員で、失いたくなかった。俺たちも身勝手だったんだよ」

 少し悲しそうにベルンは微笑み、大きな手がカティヤの頭を撫でる。

「俺がエリアス殿から手紙を受け、ゼノまで急いだのは、それがあったからだ。本当に身寄りが見つかって、心からストシェーダにいたいと思うなら、手離そうと思っていた」

「兄さん、だからあの時……」

 ゼノ城で、『お前の意思でここにいるか?』と尋ねられたのだ。
 どうやら思っていた以上に、ベルンは隠し事が上手かったらしい。

「だから、カティヤが自分の意思で決めたなら、二人とも反対はしないだろう」

「兄さん……それでも……これからも……兄さんも……っ……父上も母上も……」

 それ以上、ちゃんとした言葉を言えなかった。
 堪えきれなくなり、幼い子どものように大声で泣いてしまった。
 声をあげて泣きじゃくるカティヤの言いたかった続きは、やっぱり最高の兄が言ってくれた。

「ああ……世界のどこで暮らそうと、ずっとカティヤの家族だ」



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