主様がお望みとあらば-1
「主様? 雫です──────ただいま帰ってまいりました」
そう言って静かにドアを開けるや、深々と頭を下げお辞儀をする少女───雨宮雫。
今時珍しいほどに礼節を重んじる古風な性格ながら、
言葉の端々からはどこか中ニ的妄言が見え隠れするちょっとアレな十六歳だ。
彼女曰く、僕らは前世で身分違いの恋に落ちた禁断の主従関係だったとか…………
「お帰り雫ちゃん。今日はいつにもまして機嫌が良さそうだね?」
「はい、今日はその…… 一日ずっと主様に命じられた課題を…………」
何やらもじもじと恥ずかしそうにその身を捩りながら、
雫が言葉を紡ごうとしたその瞬間、
「んっ…… 遠藤くんってば………… もっと…… もっとよく見てぇ…………」
僕の隣で気持ちよさげにすやすやと寝息を立てていた雪菜の口から、
なんとも思わせぶりな寝言がぽろりと飛び出した。
「なっ………… こ、この女狐が…………
毎度毎度己の欲求のはけ口に主様を性具扱いするばかりか、
満足するやひとり身勝手に眠りに落ちるとは無礼千万───身の程をわきまえよ!」
雫はそう言い放ちながら、ツカツカとベッドに近づいて来たかと思うと、
蔑むような目で雪菜を見下ろしては、指先できつくその頬をつねり上げた。
「きゃっ! いったぁーいっ! な、なに? 雫? いきなり何するのよっ!」
「うるさいこの女狐がっ! いいから早く主様から離れろ!」
そう言って雫は雪菜をベッドから引きずり出そうとするも、
その下に隠れていた恥ずかしい染みを目にしてはいっそう深く激昂した。
「き、貴様はっ………… またしても主様の寝床をこんなに汚しおって…………」
「う、うるさいわねぇ! わかってるわよっ ちゃんと私が洗濯するもんっ」
「あたりまえだっ! 四の五の言わずさっさとこの場を立ち去れ!!!」
「し、雫ちゃん? そんなに怒らなくても…………」
「はっ!? す、すいません主様…… 興奮のあまり言葉遣いが乱れてしまいました」
いや、言葉遣い以前に時代が変わっちゃってるから…… 君の前世はサムライかい?
「んもぅ…… いちいちうるさいんだから………… だいたいここにいるって事は、
あんただってどうせ遠藤くんにケアしてもらいたくて来たんでしょ?」
「ぐっ…… そ、それは…………」
「ま、いいけどね…… 互いの性癖に干渉するのは御法度だもん…………
それくらいは私だってちゃんとわきまえるわよ……」