恋する気持ち-1
忘れはしない。
あれは、小学校六年生になったばかりの春のこと。
「直樹〜!何ボケッとしてんだよ〜!」
笑いながら全力で体当たりしてきた親友、泰臣の体重を背に受けよろめきながら、それでも俺は『それ』から目を離せずにいた。
昼休みの廊下。
暖かな春の陽射しが差し込む窓からは、満開の桜を散らす風が静かに吹き込んで。
――はらり、と、長い黒髪が揺れる。
「…あーっ!転校生じゃ〜ん!直樹、何ジィッと見てんだよ〜ぅ」
「う、うるせーなっ!!なんも見てねーよっ!」
そうだよ。
別に、何てことねーよ。
――ただ。
キレイ、だったんだよ。
真っ直ぐに伸びた髪と、背中が。
…それだけだよ。
小学校最高学年に進級した昨日。
とは言っても、春休み前の自分と姿形はさほど変わりはないというのに、何だかすっかり大人になったような気分溢れる我が6年3組。
その中に、初めて見る顔があった。
転校生として新しいクラスメイトになったのは、最上級生だと浮かれる気分とは裏腹にちっとも成長期が訪れてくれないチビな俺より、頭ひとつ分背の高い少女。
必ずと言っていいほどお決まりな、転校生が受ける酷しい洗礼…クラス中の好奇心に溢れた視線に晒された中の自己紹介で、けれども彼女は、そんな空気をものともせずに堂々と自らの名を名乗った。
『阿川、燈子です』
凛とした声で。
真っ直ぐに、前を見つめて。
「――見ろよ、直樹」
「んあ?」
「ほら、転校生!…便所入ったぞ〜!」
あほか。
そりゃ、便所くらい入るだろうよ。
「泰臣…お前、女子トイレの入口とか見てんなよ。変態って言われるぞ」
「え〜!?だって、転校生ってば便所長くねぇ?…う●こかなぁ!?」
「し、知らねえよっ!ほら、教室戻るぞ!」
泰臣との付き合いは、遡ってなんと幼稚園からとなる。
お笑いが好きで、明るくムードメーカーの泰臣。
俺もそんな泰臣のことは大好きなんだけど…こいつは、かなり周りの空気が読めない奴で、おまけに、低学年のガキんちょが好きそうなお下劣ネタで笑いを取ろうとするところがあって。
クラスの女子曰く、いつまでもガキんちょなKY小僧なんだとか。
(まぁ、そういう俺らもガキなんだけどさ)
「なぁなぁ、直樹どう思う?転校生、まだ便所から出て来ないよ〜!」
「っつーか、お前いい加減にしろ。女は、敵に回すと厄介だからほっとけよ」
俺には、2つ年上の姉ちゃんがいるからよくわかる。
女っていうのは、便所とか風呂とかのことは『プライバシー』とか『デリカシー』とか、よくわかんないけど触れられたくないんだってば。
姉ちゃんが便所入ってる時に間違えてドア開けちまった…なんて日には、確実にその後の俺は百叩きの刑だ。