恋する気持ち-16
「好きだ」
「――――えっ…」
ずっと、声にすることができなかった大切な言葉。
情けなく飲み込んでばかりだった、伝えたい想い。
今、それはなんとも微妙なこのタイミングで、ついに俺の唇から放たれたのだ。
目の前で、真ん丸な目をして固まっている、愛しい人に向かって。
「好き…って、直樹が、私を?」
「この状況で、お前以外に誰がいるんだよ」
「だ、だって、直樹そんなこと一言も言わなかったじゃない」
「言わなかった…じゃなくて、言えなかったんだよ。詰めが甘い男だからな、俺は」
(あ、自虐になっちまった)
「――とにかく!俺は、ずっとお前が好きだったんだよ。7年前の、あのトイレ事件から、俺はアホみたいにお前しか見えてないんだよっ!」
「―――――……!」
封印していた想いっていうのは、いざ鍵が外されてみると、案外勢いよく飛び出してくるもんなんだな。
恥ずかしいとかよりも、ようやく気持ちを届けることができたことへの安堵感が俺を包み込む。
――でも。
阿川は、何も答えない。
笑うでも怒るでもなく、その顔に浮かぶのは…困惑?
「――阿川は?」
「えっ…」
「阿川が、俺のこと…どう想ってくれてるのか知りたい」
「直樹…」
悪いことをしているわけじゃないのに、まるで裁判で判決が言い渡されるのを待つかのごとく俺は緊張していた。
「――私…わからないの…っ!」
「へっ!?」
予想外な返答に、思わず間抜けな反応をしてしまう俺。
「わかんないって、何が?」
「…私だって、あのトイレ事件から直樹のことはすごく大切な存在で。直樹と居たかったから、高校も一緒のところを選んだんだよ」
え、そうだったの?
だから、志望校のランクひとつ落としたのか。
「――でも!」
「…でも?」
赤い顔をした阿川が、意を決したような面持ちで俺を見た。
「私――やらしいからっ」
「やら、しい?」
…まぁ、この展開だし否定はしないけど、むしろ男としたら歓迎すべきポイントだよな、それ。
「…『好き』って、胸がキュンとしたり夜中に切なくて泣いちゃったり、自分よりも相手の幸せを願ったりするもの――なのにっ!私ってば、直樹に欲情してやらしいこと考えて、あまつさえ迫って奪っちゃったなんて…。こ、こんなの…恋って言えないよ…」
「………??」
(――ええぇっ!?)
とりあえず、ツッコミ処満載なんだけど…目の前でさめざめと涙を零す阿川は、どうやら冗談を言っているわけではないらしい。
それにしても、恋=胸キュンって、どこからのネタがソースなんだか…。
「阿川」
「……………」
「――プッ!…アハハ…」
ぐしゃぐしゃの顔で俺を見上げる阿川が、たまらなく可愛くて。
俺は、思わず吹き出してしまう。
「なんで笑うのよぅ…」
「は、鼻水垂れてる」
「!!」
「――阿川。…俺は、今までお前に何度も『胸キュン』したけど、同じくらい何度も、お前とエッチなことするのを想像もしたよ」
「えっ!?」
「だって、好きならそういうことしたいじゃん。少しずつ距離が近づいて、わかりあって、最後には溶け合うくらいひとつになりたい。――俺は、それが恋する気持ちだと思う」
「直樹…」
「だーかーらっ!お前も、俺のことが好きだよ。間違いないよ」
掴んでいたままの手首を引き寄せたら、再び阿川は俺の腕の中に戻ってきた。
力一杯抱きしめれば、揺れる長い髪からシャンプーの匂い。
…出逢った幼いあの頃は、見上げるくらい高い位置にあった阿川の顔は、今、俺の目線斜め下で、なにやら不服そうに俺を見上げている。