独想-3
「ん〜…」
奴隷が少し唸ったので慌てて触手を引っ込め、入れ物の方も姿を消す。
別に慌てる事もなかったのだが、入れ物の心臓が煩いし本体の核もざわざわして落ち着かなかったからだ。
不思議な事もあるものだ……今まで長い事獲物達を観察してきたが、ひとつの個体にこんなに動揺した事などなかった。
獲物は獲物だと思っていたが、個体によって違うのかもしれない。
まずは、この個体の事を知ろう……そう思って話を聞く事にした。
今の今まで、獲物の話を聞いた事はなかった。
体内に取り込めば思考が読み取れるのだから必要なかったのだ。
しかし、その個体を食べる気にはならなかった。
その個体はコロコロと表情を変え、私に色んな事を教えてくれた。
部屋は綺麗にした方がくつろげる事。
食べ物は新鮮なものを、適切な方法で調理すると何倍も美味しいという事。
獲物の普通の生活の仕方から、その個体が経験した事など沢山の話をした。
ある日『甘い物は好きか?』と聞かれ『分からない』と答えると、その個体が大好きだと言う焼き菓子を作ってくれた。
正直、甘過ぎて私の分身の口には合わなかったのだが『どうだ美味いだろう?』とニコニコと言われてしまい頷くしかなかった。
その個体と過ごしていると不思議な気持ちになる……その全てが興味深かった……キラキラ光る蒼い目も、沢山の言葉を紡ぐ口も。
その身体が欲しい。
そう思った私はその個体を改造する実験を始めた。
まずは、私より力の劣る私と同種の体液から始め、次に私の体液に馴染ませていった。
その個体は驚く程見事に改造に耐えていった。
最後に魔物の『核』を植え付けてみたが、それも見事に吸収して自分のものにした。
素晴らしい……本当に素晴らしい……この身体が手に入ると思うと、ゾクゾクと背中が震える。
ただ……実験を繰り返す内に、個体から表情が消えていったのだ。
だから、個体に名前を与えた。
何日も考えて、喜んでくれるであろう名前……『ゼロ』……私の始まりの名前。
そして、獲物達の間で行なわれる『愛情表現』も試してみた。
口付け、愛撫……ただ、性交は同じ『男』タイプなので無理だ。
出来るらしいが、その知識が無く、それは断念した。
更に、ゼロが作ってくれた甘過ぎる焼き菓子も焼いみたりした。
しかし、キラキラ光っていた目は輝きを失ったままだった。
でも、大丈夫だ……もうすぐひとつになれる。
ゼロの中に入り、ゼロの目で世界を見るのはもうすぐだ。
だが、それはゼロの暴走により潰えてしまった。
住処と繋がった『畑』を見つけたゼロがいきなり暴走したのだ。
暴走したゼロはその身体を魔物へと変化させたが、自我はしっかり保っていた。
ゼロは私の分身の頭を半分握り潰し、『畑』を破壊しつくした。
私は本体の触手を伸ばして分身を回収すると、油を撒いて火を着けた。
ゼロが破壊したいならそうしよう……それで蒼い光が戻るなら構わない。
そうして……いつかゼロをみつけてひとつになるのだ……。
『ゼロ……もうすぐ会えますね……』
暗く淀んだ地下室に、甘い甘い焼き菓子の薫りが漂う。
それを作った男はその焼き菓子をかじり、不気味に顔を歪めるのだった。