31 報復の連鎖-1
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のどかな丘は、無残な風景へ成り果てていた。
美しかった緑陰は焼け焦げ、元はリザードマンだった炭の固まりが散らばっている。
眩しい夏の日差しだけが何も変わらず降り注ぎ、鼓動を止めたバンツァーを照らしていた。
「バンツァー……!」
兜を脱いで地面に膝をつき、掠れた声でベルンが呟く。強張った赤銅色の顔からは、血の気が完全に引いていた。
バンツァーが息を引き取った直後だった。
ディーターと供に飛竜エドラに乗り、王都から飛んできた彼には、パートナーの最期がはっきり見えたはずだ。
「兄さん……ナハトは……」
ベルンにそっと声をかけたカティヤが、苦しげに呻く。少しでも身体を動かすと、激痛がするようだ。
「……ああ。ナハトはバンツァーを救ってくれた」
ベルンは答え、目を閉じ心地良さそうな笑みを浮かべたバンツァーを撫でる。
〔ナハト、よく頑張ったわね……〕
〔エドラ姉さん……〕
エドラがかすかに震える翼を広げ、ナハトをそっと抱き寄せてくれる。エドラもまだ、塗料のダメージから完全には立ち直っていない。
ベルンは治癒魔法をかけられているが、かなりの重傷だとエドラが教えてくれた。
治癒魔法は、個人の持つ元々の治癒能力を飛躍的に高める。人一倍頑丈な彼だからこそ、こんなに早く動けるが、普通なら起き上がる事もできないだろう。
「アレシュ王子、カティヤを王都まで運べますか?その様子じゃ飛竜に乗るのは無理でしょう」
苦悶の汗を浮かべるカティヤを見て、ディーターが尋ねる。
ジェラッド王都の城壁にも一応は結界が張ってあり、普通の移動魔法では出入りできないはずだ。
しかし、マウリを追いかける際、アレシュが軽々とその結界を通りぬけたのを、王都中の人間が目撃している。
「運ぶのはできるが、体内に苦痛の呪いをかけられている。こういった解除は、俺よりエリアスのほうが得意なんだが……」
アレシュがチラリと、東の方角に視線を向けた。
丘から見えるジェラッド王都では、いく筋もの黒煙が昇っている。城壁周囲には、未だに青黒いリザードマンの波が蠢いていた。
「大丈夫です。ジェラッドの城壁は、あの程度では破れない」
ディーダーがキッパリと胸を張って宣言する。
「それからエリアスさんですが、うちの錬金術師キーラと一緒に、パレード前に誘拐されていたそうです」
「な!?誘拐!?」
思いがけない報告に、アレシュとカティヤが目を見開く。
ナハトも驚いて耳をすませた。
「ご安心を。二人とも、自力で犯人をぶちのめして戻ってきました」
「あ、ああ……そうか。エリアスは何でも一人でできるからな……」
ホッとした様子のアレシュが、カティヤを慎重に抱きかかえ、魔眼を光らせる。
「それでは先に行かせてもらう」
金色の光が二人を包み、光りは王都の方角へ飛んでいった。
アレシュ達の姿が消えると、丘は沈黙に包まれた。
「バンツァー……お前をすぐ運ぶのは無理だ。王都の襲撃を払ってから、必ず迎えにくる」
一番先に口を開いたのは、ベルンだった。
バンツァーをもう一撫でし、両足でしっかり地面を踏みしめて立ち上がり、きびきびと指示を出す。
「王都に戻るぞ。ディーダー、またエドラの後ろに乗せてくれ。ナハトは自分だけなら飛べるな?」
「きる!〔はい!〕」
エドラが二人が乗せて舞い上がると、ナハトも続いて飛び立った。
全身がズキズキ痛むが、王都まで飛ぶくらいなら問題ない。
雲ひとつない、憎らしいほど爽やかな晴れ空の色が、目に滲みる。
エドラの後を飛びながら、ナハトは目を細めた。
大好きだったこの色を……バンツァーの最期が焼きついてしまったこの色を、これから先も同じように見れるか自信がない。
カティヤを守りぬけたのは確かだ。
バンツァーはきっと、ナハトがこれからも飛竜の騎士でいる事を望むだろう。でも……
また涙が滲みそうになり、地上へと視線を逸らした。
〔…………?〕
それは偶然だったのだろうか。
バンツァーを助けてくれなかった神様が、ほんの少し罪悪を感じ、ナハトにチャンスをくれたのかもしれない。
離れた岩山の中腹に、小さな銀色を……マウリを見つけた。
移動魔法で、あそこまで逃げたのだろう。
周囲に二匹ほどのリザードマンを連れているが、疲労困憊な様子で険しい岩肌へ寄りかかっている。
あそこまで大量の魔法を使ったのだから当然だ。
〔許さない!!!〕
目も眩む怒りが沸き立ち、激しい鳴き声をあげた。エドラにぶつかる寸前まで接近し、ベルンのマントを口にくわえる。
「どうした!?」
驚いたベルンを、そのまま背中に放り投げた。
「あっぐ!!!」
怪我に響いただろうが、ベルンは苦痛の呻きをあげながら、必死で手綱を掴んで落下を防ぐ。
「ナハト!?どうしたんだ!?」
驚くディーダーの鞍から、槍を口で抜きとってベルンに渡す。方向を変え、岩山へと全力で羽ばたいた。
頭の中は怒りで真っ赤になり、たった一つしか考えられない。
あの男に、罪を償わせてやる!!
バンツァーを奪った報いを!!
アイツを裁く権利があるのは、ナハトでも他の誰でもない!!
バンツァーの半身たるベルンだけだ!!!