その時は私がいるではないか-7
なんとなく、なんとなくだけどそんな気はしていた。
もともと秋子さんは物事に流されるような人ではないが、
何のきっかけもなく、何となくで性心理学者になるなんてそれこそ考えがたい。
「幼いと言っても十代の後半だったかな…… その時はまだ私も普通の女学生でな……
普通に男性にも興味を持ち、普通に恋にも落ちたものだよ」
「そ、そうですよね…… 秋子さんほど美人で博識なら相当にモテていたでしょう?」
「ふむ、確かに言い寄ってくる男性は少なくはなかった気がするが…………
こう見えても私はとても一途でね…………
ある男の子に恋してからというもの、その子以外は視界にもはいらないくらい、
まさに文字通り盲目な恋に落ちてしまったのだよ…………」
秋子さんの言葉を聞いて何故だか少しだけ胸が痛んだ。
僕の知らない頃の秋子さん、その秋子さんが盲目になるほどに焦がれた男、
性欲のはけ口に秋子さんを襲おうとした今の僕に、
嫉妬なんてする資格など無いとわかってはいるけれど、
どうにも胸がもやもやしてうまく拭いきれない。
「そ、それはその………… なんともうらやましいと言うか…………」
「うらやましいか…… なら例えば君は小学生の頃、
高校生の女子に言い寄られて恋に落ちる事が出来るとでも言うのかね?」
「え? それってつまり…………」
「正太郎コンプレックス…… つまり私は小児性愛者なのだよ……」
正太郎コンプレックス、通称『ショタコン』。
少年を対象に愛情および執着を抱くことで、
幼女への性的嗜好をさす『ロリコン』の対義語としてもよく使われる言葉だ。
どうやら僕はどこか勘違いをしていたみたいだ。
恋に落ち、その人以外目に止まらなくなるなんて至極あたりまえの現象で、
いかにそれが大恋愛であろうとも、性心理学者にまでなるきっかけには乏しい。
もちろん性心理学を学ぼうとするきっかけとしては、必ずしも無くはない話だが、
学者になり自らの人生をなげうってまでこの道を進むに至るには、
盲目の恋愛をしたから程度ではあまりに希薄すぎる。
「…………驚いたか?」
「は、はい…… でもっ 確かに高校生が小学生をと聞けば異常性愛とも思えますが、
秋子さんは誰でもよかったわけでなくその子がよかったんですよね?
なら、今となっては何の問題も無いんじゃないですか?」
「そうだな………… 確かに今となっては若干の歳の差こそあれ、
互いに自由恋愛として社会的にも許される事かもしれないな」
「そ、そうですよ。それより秋子さんが
『性心理学者になるきっかけ』と『僕をかけがえのない人』と言う事には、
どうにも密接な関係があると思えないんですが…………
ひょっとしてはぐらかしてるんですか?」
そう、秋子さんが僕をかけがえのない人だと言った事と、
秋子さんが性心理学者になったきっかけの話には接点が見あたらない。
大体そんなにも想いを寄せる相手がいたのに、僕をかけがいのない人だと言うのは、
あまりに話が交錯しすぎていてどうにも秋子さんらしくない気がするのだ…………