28 弱者の抗い (性、残虐注意)-8
「は……はぁ……ゲホっ……」
エリアスは荒い息をつき、緩みきっていたロープを解きはじめた。
威力が大きい分、かなり魔力を消費した。さらに犯され続けた身体中が、動くたび痛みに悲鳴をあげる。
やっと両手が自由になった時、視界の端に扉がそっと開くのが映った。
とっさにヨランの頭が出る高さへを手を向け、早口で呪文を詠唱したが、最後まで唱えきらないうちに声は止まる。
「……大きなおっぱいね。どこに隠してたの?」
開いた扉の向こうで、つるぺたな体にピンクローブを着た、外見幼女の錬金術師は、エリアスの量感ある胸元に口を尖らせる。
胡散臭そうにエリアスと室内を眺めまわすが、小さな手に持っている金属製の魔道杖からは、物騒な光が消えた。
一気に気が抜けてしまい、思わず噴き出した。
「ぷっ……くくっ……内密にお願いします。これは最終手段なので」
余計な事を知られたくはないが、彼女を始末するのは難しいだろう。
海底城の『主候補リスト』にさえ載っている逸材だ。
「じゃ、この仕掛けも内緒よ。売り出せば一儲け間違いないけど、あたしの切り札だもの」
キーラは腕長さの魔道杖を、あっという間に小指ほどまで折りたたみ、ローブの袖口にしまいこんで見せる。
ヨランのことを、エリアスはあえて聞かなかった。
平然と見えているが、かなり憔悴しているようだし、ローブの裾にわずかな血痕が見えた。
キーラも室内の惨状と、体液で書かれた床の魔法文字から、だいたいの状況を把握したのだろう。
「避妊薬が必要なら、王都に戻ってからあげるわ。あたしは敵も多いけど、この身体になってから、その心配だけはなくなったから。持ち歩いてないの」
意味深なセリフから察するに、似たような目を経験済みかもしれない。感情を出さず淡々と話す彼女に、首を振った。
「わたくしも必要ありません。慣れておりますし」
「そう……じゃ、自分で綺麗にできる?悪いけどその格好、かなり悲惨よ」
汚れきった身体を見下ろし、エリアスは思わずため息をつく。
「浄化魔法だけは、苦手なのです……近くに水があれば良いのですが」
そう難しい魔法でもないのに、身体を清める浄化魔法だけはどうも苦手で、風呂で洗うしかなかった。
「無さそうよ。ここは廃虚みたいだし、もう他には誰もいないわ」
キッパリとキーラが否定する。
「……人目につく前に、何か考えます」
それでも、しばらくこのまま我慢するしかないだろうと思ったとたん、気持ち悪さが倍増する。
白く乾きかけた精液をこすり落としていると、キーラが呆れたように顔をしかめた。
「アナタねぇ、人に頼るって選択肢はないの?ジェラッドで名うての錬金術師が目の前にいるのよ?」
あっというまに取り出した杖を手に、キーラは浄化の呪文を唱える。
金色がかった炎がエリアスの肌へ広がり、火傷一つ負わせずに汚れだけを燃やしはじめた。
腫れた頬にも、治癒魔法をかけてくれる。
「……ありがとうございます」
利用したり活用したりするのは得意だったが、『頼る』という選択は、確かに欠けていた事に気づいた。
だってそれは『 価値ある者 』にのみ許される行動だから。
海底城で、価値のないエリアスに頼らせてくれる者などいなかったから、いつのまにかすっかり忘れていた選択肢だった。
綺麗になった身体は心地よく、急いで服を着て身体を男にする。
破れた部分までは治らなかったが、男の上半身ならそう問題ない。
扉の外は狭い石造りの廊下で、右手には続く階段が、左手には同じような扉が閉まっていた。扉下の隙間から、赤黒い液体が染み出ている。
敷石の溝を伝い、細い模様を描いていく血を眺め、俯いたままキーラは呟いた。
「アタシには、あの子の輝きが見えてたから……あの子にも自分の輝きが見えていると思ってた……地味で目立たない子だけど、凡人じゃなかったわ」