報告-9
多分、郁美は私の背中を押しているんだ。
そう考えると、さっき私に半ば無理やり渡してきたネックレスだって、私と土橋くんを会わせるための少し強引な口実に思えてきた。
だいたい自分に必要ないなら捨てるだろうし、そうでなければ宅配便を使ったりもできるはずだから。
私はうずくまった体制からようやく体を起こすと、少し真面目な顔つきで郁美を見つめた。
「……今から告ってくる」
そんな私の言葉を聞いた郁美は、穏やかに微笑んで、
「……頑張って」
と私の手を握った。
郁美の小さな手は柔らかくて、温かくて、ほんの少しだけ力強かった。
そして郁美はサッと立ち上がってコートを着ると、
「それじゃ、あたしは帰るわ。今からだと電車もそんなに待たなくていいかもよ。……それと、ネックレス返すついでに修のこと一発ぶん殴ってきてよ。このあたしを好きにならないなんて、アイツはどうかしてるわ」
と、ニッと私に笑いかけてから、ドアノブに手をかけた。
私は咄嗟にベッドから立ち上がって郁美の背中に向けて、
「……ありがとう、郁美」
と小さな声で言った。
郁美は、ドアノブに手をかけたまま下を向いて固まっていた。
「……あんたが振られたときは失恋パーティーするけど、もしうまくいったら……、悪いけど桃子とは友達に戻らないから」
郁美の声は震え、華奢な背中も小さく震えていた。
私は両手で鼻と口を覆い、郁美の背中を黙って見つめていると、彼女はゆっくり振り返った。
郁美は涙を流すまいと上を見上げ、唇をキュッと結んでいた。
私はそんな郁美を見つめながら、黙って彼女の次の言葉を待った。
「もし修と桃子がうまくいったら、あたし……友達として“おめでとう”なんて心の広いこと言えない。きっと悲しくて悔しくて、あんたのこと恨むと思う……。最後まで自分勝手だけど、もしあんたが振られたときだけあたしに連絡ちょうだい。
連絡がなかったときは、どうぞ勝手にお幸せにって思ってるから。じゃあね、……さよなら」
郁美は私が何かを言う前にパタンとドアを閉め、その後ろ姿はドアの向こうに消えた。
“さよなら”って言葉がやけに重く感じる。
昔から自分勝手で、わがままで、世話の焼ける甘ったれな郁美が、遠くに行ってしまったような気になり、目の奥がジワリとしみるように痛む。
私はベッドの上にポツンと置かれたネックレスの箱を、震える手でそっと開けてみた。
アルファベットのXみたいな形をしたシルバーのネックレスが、何も知らずにただキラキラ輝いているだけだった。