バレンタインのご褒美-1
無邪気な寝顔をみつめる。
やっと手にいれた、憧れのヒトはオレの腕を枕にして、小さなカラダをさらに小さく丸めて、規則正しい寝息をたてている。
まさかバレンタインデーの夜に、まあ厳密にはもうその翌日だけど、こうして一緒に過ごせるとは思ってもみなかった。
エレベーターから解放されてからも、タクシーに乗ってからもずっと彼女は無言で、どうなることかと思ったけれど。
タクシーを降りて、アパートの目の前にあるコンビニでようやく彼女が口を開いた。
「買う?」
そう彼女が指差したものはコンドーム。
オレが頷くと彼女はそれをカゴに入れる。
オレの手には彼女から半ば強引に預かったボストンバッグ。
彼女が突発の出張に備えてロッカーに常備しているものだ。
彼女は他に1泊分にパウチされた基礎化粧品のセットを入れる。
それからビールとつまみ、お互いのタバコを入れると財布を出そうとするオレを制して会計を済ませた。
「お邪魔します」
礼儀正しくそう言うと脱いだパンプスとオレの靴を揃えて部屋に入ってくる。
リビングに通し、荷物を置いたところで我慢出来ずに抱きつくと腕の中で苦笑する。
「村上、がっつきすぎ」
呆れたようにそう言いながら自分からオレの唇を奪う。
「とりあえず飲も?お腹空いた」
さっと離れるとコンビニの袋から缶ビールを取り出して1本オレに渡す。
手際よくつまみのサラダの容器をあけ、ドレッシングをかける様にすらみとれてしまう。
「あ、皿出します」
「え?いいよ、このままで。エコよ、エコ」
あっけらかんと笑う彼女はいつもの彼女だ。
「いただきます」
「どうぞ、っていばれるほどのモンじゃないけど。あ、チョコ買うの忘れたね」
そう言いながら彼女は豪快に缶ビールを煽る。
タクシーの中、所在なさげに流れる風景をただみつめていた人とは別人のようにさえ思える。
「いいっすよ、秋月さん泊まりに来てくれたし」
「ウチに帰るより村上んちのほうが近いし」
「オレ、無理矢理襲うって言ってるのに?」
「エレベーターの中で犯されるくらいなら、村上んちでお互い同意の上で楽しんだほうがいいじゃない?」
こともなげにさらっとものすごい発言。
エレベーターの中の動揺っぷりはどこにいってしまったのだろう。
「まぁ、確かに」
そう答えて、ビールを飲む。
仕事のこととか雑談しながら二人でつまみをつつく。
遅い時間だったし大した量でもなかったのであっという間に食べ終わってしまった。
「村上、シャワー浴びさせてもらってもいい?」
「どうぞ、あ。着るもの持ってきてます?」
「明日の着替えはあるけど、バジャマとタオル類はないから貸して。それとも裸にバスタオルのほうが好み?」
悔しいほどの余裕っぷり。
「バスタオルもいいですけど脱がせる楽しみも味わいたいです」
負けてたまるか、とバスタオルとクリーニングから戻ってきたばかりの白のワイシャツを渡す。
それを受け取った彼女は、ボストンバッグから取り出した荷物と買ってきたものを持ってバスルームへ消えた。