返却-8
「さて……これで全部か。もう落とすなよ」
土橋くんは最後のプリントを私に渡すと、立ち上がって大きく伸びをした。
「うん、ありがとう」
私は二人きりの時間が終わってしまうことにガッカリしたけど、なるべく気持ちを出さないように小さく微笑んだ。
「……それじゃ」
土橋くんはカバンを小脇に抱え、小さく片手を挙げた。
パーカーが入った紙袋もカバンと一緒に持ってくれている。
「……うん、じゃあね」
私も小さく手を振る。
「そうだ」
戸に手をかけていた土橋くんは、何か思い出したように私の方を振り返った。
「今日のことは歩仁内には内緒にしてやるから、安心しろよ。最近お前らもいい感じじゃん、頑張れよな」
彼はそう言って、いたずらっぽい笑顔をこちらに向けた。
私のこと、ちゃんと見ててくれたんだ。
それが嬉しい反面……。
白い歯を見せてニッと意地悪そうに笑う彼の顔が少しぼやけて見える。
私をからかう時によく見せる彼のその顔は、憎たらしいのだけれど、多分私が一番好きな彼の表情で。
でもその一番好きな顔で、一番触れて欲しくないことを言われた私は、いつの間にか一筋の涙が頬を伝っていたことに気付いた。
私の顔を見て、土橋くんはギョッとした様子で固まっていた。
しまった、と思っても涙が次々溢れてきて、止められない。
自分で土橋くんに歩仁内くんを好きだと言ったくせに、いざ“頑張れ”と応援されるとたまらなく苛立ってくる。
「……土橋くんには応援されたくないよ」
「え……?」
眉根を寄せて私を見る彼の顔は、何がなんだかわからないといった表情だった。
当然だろう。彼は、私が歩仁内くんを好きだと思っていて、仲のいい様子を見ているから、社交辞令でも“頑張れ”と言うのは自然の流れであるだろうし、いきなり泣き出す私の反応の方があまりに不自然なのだ。
そんな当たり前のことを理解していても、それでも土橋くんには私が本当は誰を好きなのか察して欲しかった。
頑張れよ、なんてあなたが言わないで。
それを言葉で訴えることもできないくせに、本音を理解して欲しいと自分勝手な私は、唇をグッと噛み締め俯くだけで、床にポツポツ落ちた涙を睨んでいた。