返却-5
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました」
私は深々と頭を下げて、職員室を後にした。
私が質問しにいったことは、数学の佐藤先生には珍しかったようで、最初は面食らった様子だったけど、すぐに嬉しそうに懇切丁寧に教えてくれた。
さらには以前授業で使った小テストのプリントを15枚ほど私にくれ、これを何度も繰り返しやれば基本は身につくから、とアドバイスをくれた。
見た目は気が強いキャリアウーマンのイメージで、近寄りがたい雰囲気だった佐藤先生も、生徒が熱意を持っているとわかれば熱意を持って返す、意外と熱血な所があると初めて知ることができた。
人は見かけによらないなあ。
土橋くんだって無愛想で怖い顔してて、近づくことすらためらうような存在だったのに、実は優しくて面白くて友達思いで、彼を知れば知るほど好きになってしまったし。
そこまで考えてから、また何でもかんでも彼に結びつけてしまう自分の短絡的思考に深いため息を漏らした。
せっかく歩仁内くんと向き合っていけそうな気がしたのに、こんな時までもアイツのことばかり考えてしまうのは、やはりパーカーを返してしまったからだろうか。
あんな手紙書かなきゃよかったかな。
今頃になって、自分のしたことを後悔してしまう。
下足ロッカーを開けた時の土橋くんの反応を想像すると、変に体がソワソワし出して、どこかに隠れたくなる衝動に駆られる。
私はなるべくそのことを考えないように、さっきもらったプリントの束をパラパラ見ながら、教室に戻った。
教室に入り時計を見上げると、いつの間にか一時をまわっていた。
誰もいない教室は、すっかり暖房も止められていて、肌寒さともの寂しさを感じた。
他の教室にも人っ子一人いないようで、私がギイッと椅子を引きずる音がやけに響く。
その時、勢いよく自分のお腹もグーッと鳴り響き、私は慌ててお腹に手をあてた。
早く家に帰ろう。
私はカバンを机の上に置き、ファスナーをかじかむ手でゆっくり開けた。
すると、背後でガラガラと教室の引き戸が開いた音がしたので、私は何の気なしに顔をそちらに向けた。
「…………!」
ハッと息を呑んで、固まってしまう。
それはどうやら相手も一緒らしく、少し動揺した顔をして思いっきり私から目を逸らしていた。