ロイター板と跳び箱-4
「しょ〜がないな〜」
と言いながら、加奈の濡れた髪や肩を拭き始める。
何か行動していないと、この重い空気に圧し潰されそうだったから…。
「……聞かないの……?」
消え入りそうな声で呟かれたその言葉に、肩を拭いていた俺の手は止まった。
ホントは聞きたいよ…。
なんで泣いているの?
何があったの?
どうして?
疑問は沢山あるけれど、それは聞いちゃいけないんだと思ったから……。
だから、聞けない……。
「元気出せよ!なっ!?」
会話になっていないけど、ありきたりな台詞だけど、こんな事しか言えない俺。
「………和也ってさ〜……優しいんだね……」
少し微笑んでいる様にも見える表情で言う加奈に、俺はなぜかドキッとしてしまった。
「あったり前じゃん!俺は女の子には優しいよ!紳士だもん!!」
それを聞いた加奈が、ぷっと吹き出した。
やっと笑顔が見れた…。
その事が今、何より嬉しかった。
「…アイツさ〜―――」
彼氏の話、要するに愚痴を始めた少女は、もう泣いていなかった。そこにはいつもの加奈が居た。
「―――って言いやがったのよ!どう思う!?ねぇ?」
「え?あぁ、ひどいなそれは」
一応、話を合わせてはみたが、本当は加奈の笑顔に見惚れてて、全然聞いてなかった。
「でしょ?だからさぁ―――」
また愚痴は続き始めた。
「―――ってわけ。…………ふぅ〜、あ〜あ、こんだけ文句言ったらすっきりした!」
長い愚痴を言い終えた加奈は、間延びをする。
時には黙って、時にはうんうんと相槌をしていた俺も、同じように間延びをした。
「こんなに話を聞いてくれて、ありがとね、和也。それに、バレンタインの時も応援してくれたしさ…」
「いいって事よ!俺と加奈の仲だろ?」
きっと…加奈の中での和也は、『いい人・いい友達』なんだろうけど、それでも笑ってくれるなら、俺はそれで構わない。
「ホントにアンタってさ……」
「えっ!?」
何か言ったのだろうけど、小さすぎて聞き取れなかった。
「なんでもなーい!…………あ、もうこんな時間なんだ!!体育サボらしちゃったね…?」
「ロイター板!」
「え?」
俺の突然の一言に、加奈は理解不能と困惑していた。
「だから、ロイター板!ほら、アレってさ、跳び箱を跳ぶのを助けてくれるやつじゃん!?加奈は跳ぶ人。跳び箱はその相手。で、俺がロイター板をやるからさ、加奈がその相手に挑むのを俺が助けるってワケ。もし、失敗してもさ、俺がマットもやるから、加奈は安心して跳び箱を跳べばいいんだよ!なっ!!」
そう、俺はロイター板とマット。加奈を応援するのに努めればいいんだ。
加奈が、いつでも笑顔でいられるように……。
「まぁ、頼りない板と薄っぺらいマットだけどさ…」俺は、いつものニコニコ顔で、加奈に語りかける。
すると、加奈はまたぷっと吹き出し、笑みが零れた。
「あんまり笑うなよ〜。これでもマジメに言ったんだからさ〜」
ホントはもっと笑っていて欲しい。ただ、天の邪鬼で照れ臭いから、そう言っちゃっただけ。