解放-12
シグナーのアジトがあるのは、繁華街の路地を入って暫く歩いた所にある寂れたパブ。
スランはカウンター席に腰をかけて、バーテンダーに注文する。
「はぁ〜…ねえ、俺の『心を癒して』くれる『取って置き』のお酒ない〜?」
ため息をつきながら合言葉を組み合わせた注文をすると、バーテンダーはスウッと目を細めた。
「……お客さん、難しい注文してきますねぇ」
バーテンダーの冷たい視線を受け流したスランは、カウンターに突っ伏す。
「頼むよぉ〜」
『心を癒して』は仕事の依頼、『取って置き』は頭領に取り次げ、という合図。
しかし、バーテンダーは動かない。
何故なら気配無くスランの背後に立った男が、小刀を抜いたからだ。
「アンタ『ログの黒い鷹』だろ?」
スランは殊更ゆっくり振り向いて素早く足を蹴り上げる。
カツン
小気味良い音がしたと思ったら男の手から小刀が消えていた。
「あ?」
呆気に取られていた男の直ぐ目の前を、消えた小刀が掠めて男の足先の床に刺さる。
タンッ
「うをっ?!」
「なあんだ。シグナーって大した事ねえんだな」
スランはカウンターにもたれるように両肘を置き、慌てる男に向かってクスクス笑った。
「てめぇっ!」
からかわれて真っ赤になった男は、床に刺さった小刀を引き抜いてザッと構えた。
「お?やる?」
男の剣幕にスランはニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、床に足を降ろす。
「止めろ」
その時、静かだが良く通る太い声が店に響いた。
振り向くと、体格の良い60歳手前ぐらいの髭面の男がカウンターの内側に居た。
(うわ……頭領…だよな……さすが……気配ナッシング……)
さっきの男は気配を消してても動きが手に取るように分かったが、頭領は声を出すまで全く気づかなかった。
スランは冷や汗を背中に流しつつ、余裕の表情を見せる。