毒婦-1
ーー毒婦が!
遠目に唾棄しながら、彼女を心中で罵る。
彼女に惹かれ、悲惨な末路を遂げた雄の数は計り知れない。
それを目の当たりにし続、彼女を恐れ憎み軽蔑した。
艶やかな黒髪。極端に腰が細いせいで、大きな胸や臀部がより際立つ。
手足は信じられないほどスラリと長い。
極彩色の衣を悠然と羽織り、一目見ただけで息を飲ませる存在感。
彼女がすぐ傍にいれば、誰しも無視することなどできないだろう。
そして彼も……。
風雨にも照りつく日差しにも耐え、豪華な邸宅で女王然と君臨する彼女を、何週間も眺め続けた。
そして気付いた。
結局は自分も、彼女の魅力に捕らえられ、あの邸宅へ引き寄せられる運命なのだ。
決して受け入れられないだろう。ねじ伏せるのも不可能だ。
彼女よりはるかに貧相な自分の身体を眺め、ため息が出る。
欲求だけが日ごとに募る。募り続ける。
彼女を陵辱したくてたまらない。
たとえ破滅しかなかろうと……。
それは、天上の誰かさんがくれたチャンスだったかもしれない。
とあるのどかな昼下がり、彼女がふと隙を見せた。
新しく仕立てた衣に狂喜し、夢中で着替え始めた。覗く視線にも気付かない。
肉感的な身体に黄色と青緑色の衣装をあわせて、くびれた腰には鮮紅色の帯を巻く。
非常に美しかったし、彼女自身もそう思ったらしい。
ご満悦で古い着物の処分を始めた彼女へ、息を潜め慎重に近寄る。
自分の心音すらうるさい。冷や汗が全身を伝う。
失敗すればどうなるか、嫌と言うほど知っている。
はやる気持ちを抑え、十分に距離を詰めた。
無防備な彼女の背へ一息に抱きつき、全身で押さえ込む。
彼女は怒り暴れ狂ったが、不意を突かれた彼女に引き換え、彼は命を賭してアドレナリン全開の状態だ。
自分でも信じがたい力で彼女をねじ伏せ、着物の裾をまくる。
むき出しの秘所へ、興奮極まる性器を無理やりねじ入れた。
異物を締め出そうと媚肉が蠢く。
全身で被さるように彼女へしがみつき、バタつく長い足に注意しながら、埋め込んだ性器を前後する。
痛いほどギチギチと締め付けられ、一擦りごとに腰がくだけそうな快楽が競りあがる。
生まれて初めての性交は、凄まじいほどの愉悦と興奮をくれた。
組み敷かれた彼女は、時おりくぐもった声で小さく呻くだけで、悲鳴も泣き叫びもしない。
彼女とて初めての性交のはずだ。
受けている苦痛と恐怖は計り知れないだろう。
情け容赦なく嬲られる結合部から、次第に体液があふれ出し、滴り落ちる。
バタつくのを止めピンと突っ張った手足が、ブルブル震えていた。
やがて彼女がわずかに首を捻じ曲げる事に成功し、自分を陵辱する卑小な雄を視界に認める。
乱れた黒髪の下から、殺気に満ちた鋭い視線が放たれた。
陵辱の最中にあっても、彼女の矜持はいささかも汚されていない。
孕ませるがいい。と、視線が命じる。
毒婦の女王は、被虐される身でなお傲然と陵辱者へ命じる。
歯を喰いしばり、ギラつく視線だけで彼へ死刑宣告をする。
私を最後まで犯し孕ませ、お前はその身で全てを償うのだと。
全身が震え上がるほどの衝撃が、彼を満たした。
残酷で傲慢な彼女から、許可を得たのだ。
彼の知る限り、数多の雄がそれを渇望し、遂げられず散った。
これ以上の栄誉があるだろうか。
彼女の胎内で性器がよりいっそう膨らみ、子種を放つ瞬間が差し迫る。
目も眩むような恍惚感に、無我夢中で性器をつきたてた。
組み敷いた彼の下で、ビクン!と激しく彼女が痙攣する。
注ぎ込まれた数多の精子が彼女を孕ますべく、滲みこんでいく。
全ての子種を吐き出し終わり、彼は詰めていた息を大きく吐き出した。
恍惚交じりの脱力に、手足の力が抜けていく。
――そして、一瞬だった。
跳ね起きた彼女は、彼を締めあげ、死の制裁を加える。
命の火が消える感触を味わいながら、彼は薄っすら笑っていた。
彼女に頭をかじり取られる音が、ひどく心地いい。
全部残さず食べてくれと願う。
彼女の胃袋に入り、やがて生まれる我が子の血肉となるのだ。
ああ、本当に、これ以上の栄誉など存在しな……い……。
――以上の、私の脳内劇場を聞き、旦那は笑う。
「あー、うん。そんな感じ……」
うららかな昼下がり。
目の前には、庭先に張った大きなジョロウグモの巣がある。
中央では大きな体躯の雌クモが、雄クモを貪り食っていた。
「まぁ、そう考えれば、クモも悪くないような気がしてきましたよ」
「だろ?」
旦那が内心でガッツポーズをしているのが、手に取るようにわかる。
蜘蛛や虫が嫌いな私に対し、夫は大の昆虫好き。
退治しようとしたら、益虫だからと諭された。
理屈はわかる……が、生理的嫌悪感は拭えないし、目の前の共食いも気分が悪い。と言ったら『レイプの報復が凄まじかったんだよ』だと。
……ふむふむ、つまりはこういう事かと、脳内で二匹を擬人化し、この悲劇にいたるまでの経緯や葛藤を過剰に演出してみた。
――チッ……この妻は下手に説教するより、妄想癖を煽って面白がらせるのが一番と、よくご存知で。
たまに、旦那は私の取扱説明書を隠しもっているんじゃないかと不安になるくらいだ。
(貴方もこれくらいだったら、喰われずに済んだかもしれませんねぇ……)
頭をかじり取られた雄クモに、私は心の中でこっそり囁く。
雌に気に入られ食われない雄も、ごく稀にいるそうだ。
傍らの人間など意に介さず、『彼女』は熱心に、報復の食事を続けていた。
やがて産まれる我が子の血肉とするために……。
終