思い出-8
「……桃子、桃子」
私はやや乱暴に体を揺り動かされて、目をうっすら開けた。
「全く、いつまで寝てんのよ。しかも制服のまんまで」
お母さんの呆れた顔が一番最初に目に入る。
私はよくわからないまま体を起こして大きくあくびをした。
ボーッとしながら壁に掛けられた時計を見る。
もう四時半になっていたことに気付き、少し焦る。
「お母さん買い物に行ってくるけど、なんか食べたいものある?」
「……何でもいい」
寝起きでいきなり食べたい物を聞かれても答えようがないので、私はめんどくさそうにそう言った。
「あっそう。じゃあ行ってくるわ」
作りがいのない娘ね、と言わんばかりに母はわざとらしく盛大なため息をついてから、くるりと私に背を向けて部屋を出ようとしたその時だった。
なぜか私は、ふとその後ろ姿に妙な違和感を覚え、
「お母さん?」
と呼び止めた。
「なーに?」
めんどくさそうに振り返ったお母さんをマジマジと見つめていると、その違和感が何であるのか理解して、私は思わず息を呑んだ。
「ちょ、そのパーカー……!」
しどろもどろになりながら彼女が着ている黒いパーカーを指差すと、
「あれ、これあんたの? 大きめでゆったりしてるから、お母さんにぴったりだなあって、さっきタンスの中で見つけたのよ」
と、恰幅のよいお腹をポンポン叩いて大らかに笑った。
「ちょっと! それ友達から借りてた服なんだから返してよ!」
「えー、ずっとタンスの中にあったんだし、向こうだって忘れてるわよ。もらっちゃえば?」
「だめに決まってるでしょ! 早く返して!」
真っ赤になって怒る私の剣幕に、お母さんは口を尖らせてしぶしぶパーカーのファスナーを下げて脱ぎ始めた。
「だったら自分で管理してなさいよ」
日本史の教科書に載っているような、浮世絵が大きくプリントされたカットソー姿になったお母さんは、私にポイッとパーカーを投げつけると、悔し紛れのようにそう呟いて部屋を出て行った。