不知火半袖の孤独な教室または人吉善吉の失われるであろう友情-1
箱庭学園の放課後の教室。
窓から外を見ると、ジャージ姿でランニングをする金髪の男子生徒がいる。一見すると部活動のようだが、しかし他に走っている男子はなく、近くで白髪の女性が一人、野次を飛ばしながら見ているだけだ。
その男子生徒──人吉善吉(ひとよし ぜんきち)は、部活動としてランニングをしているわけではない。大好きな幼馴染みの女の子の側にいるために、たとえ敵となってでも側にいるために、彼女に釣り合う男になるよう頑張っているのだ。
黒神めだか(くろかみ ─)。彼が二歳の頃からずっといっしょに過ごしてきた、そしてそれだけ絆を深めあってきた、幼馴染み。
たとえ敵対していても、深いところでは他人の入る余地などない絆で結ばれた幼馴染み。
──影の入る余地など、ない。
「……なーに考えてんだろーね。あたし」
つい口に出してそう言った。
本当になにを考えているんだろう。あたしは確かに人吉を好きだけれど、それは飽くまであたしが黒神めだかの影だからだ。本当に好きなわけじゃない。
全部嘘だ。全部──虚偽(マイナス)だ。
窓から離れて、無人の教室に目を向ける。一年一組の教室には、今はあたし以外は誰もいない。
あたしの席は善吉の隣だった。運命の出会いなんかではもちろんなく、単にそうなるよう手を回した結果だけど。
あたしが態と消しゴムを落として、人吉がそれを拾って――それからあたしたちは親友になった。
少なくとも人吉はそう思っているはずだ。不知火のあたしがそうしたのだ、間違いのあるはずがない。
完璧な、作り物の友情。
「愛は勝たなくてもいい」
数週間後に控えた生徒会選挙戦の前哨戦とばかりに、安心院なじみ(あじむ ─)と交わした選挙の下地についての舌戦で、あたしはそう言った。
本心、強がり、どちらかなんて解らない。
そういえば彼女はあのとき、僕ならハーレムエンドを作ってやることも可能だ、とか言っていたっけ。それもあたしが抱えている宿命を知らない──知ろうとしないからこその発言だ。
控えた選挙戦にてお嬢様が勝つにせよ負けるにせよ、恐らくはそこでなにかが変わるだろう。あたしのお役御免はそろそろ近い。
そして後は里に帰り、あたしという存在はなかったことになる。後を濁すことすら許されまい。
人吉があたしを忘れるんだ。
「それは、いやだなあ……」
こんな台詞を、誰に言えばいい? 袴、半幅、それとも傀儡や偽造? バカみたいだ、言えるわけがない。
ポタリ、と足元に水滴が落ちた。
あたしは思わず天井を見上げた。水漏れでもしているのかと思ったが、しかしそんな様子はない。それが自分の瞳から零れていると気付くのに、大分時間がかかった。
──こんな、誰もいない教室ですら役に入り込んでしまうなんて、流石不知火とでも言うのかな。
本音など言うことはない。もうそれすら本心かどうかも解らないからだ。あたしの本音なんてあたしにも解らない。
人吉と離れたくないと願うこの気持ちも、これはあたしの気持ちなのか、役の気持ちなのか、そんなことすら解らないあたしが、なにを言い、なにを願うというのか──。
気持ちが堂々巡りを始めたことを自覚して、あたしは首を振ってそれを追い出した。
そう、どのみち無駄だ。あたしの本心がどうだろうとこの先に変わりはない。宿命には抗えないのだ。それはちょうど、我らマイナス13組のリーダー格の男が決して勝利を収められないのにも似て。
──定めには勝てない。勝たなくてもいい。